貴方が居ない夜は#斉藤×時尾

ふと夜に目が醒めることがある。
数ヶ月と家を空けることが珍しくないあの人との暮らしには慣れたはずなのに、こんな風に目を覚ました時は、部屋に敷かれたたった一組の布団に潜り込んでいる自分が酷く空しく思われることもしばしあった。

考えてはいけないと思うのに、冬の寒い季節になると特に人恋しくなり私を抱しめてくれるあの温もりが欲しくて焦燥感に駆られた。
自分で自分を抱しめ胸の内に秘めた動悸を抑えるが、それだけではどうにもならない。隣にいないあの人の肌の熱を思い出してしまい人知れず身体が熱くなった。

―いけない

どこかで覚醒するあの感覚。
誰もいないというのに、なぜか私はあの人に抱かれたような錯覚に陥り猥褻な情動に駆られる。
いるはずのない人間の重みを、いるはずのない人間のあの吐息を…

―思い出してはいけない

隣の部屋には子供たちが寝ているのだ。
母親がこんな思いに囚われているなんて、まるで自分が酷く穢れた女のように感じる。
しかし、一度滑り出した錯覚は歯止めをかけることなど知らない。
自分の情動を満たす為にますます生々しくあの人のつぶさな動作まで思い出させるのだ。

―あの武骨でそれでいて繊細な指が私の体をなぞる。
計算し尽くされたようなその動きに私は過剰なまでに反応を返しその指の持ち主を満足させる。
「・・・か?」
耳元で私だけにしか聞こえないように、とても恥ずかしいことをいい私はますますそこを濡らす。
思わず弄られる恍惚感に貶められている私の首筋を、唇を、胸を、腰を、そして足の間をあの指と舌で愛してくれる。
判っているのに過剰に感じていつのまに内腿までだらしなく濡らしてしまう私をまるで買女をみるような見下した目で弄り晒すあの人。
しかしその後は満足気に私へと押しいって、思う存分欲望をすべてぶちまける…

こんな身体にしたのは誰ですか?
こんな淫らな女にしたのは誰ですか?
こんな思い、こんな情動を、女に教えてしまった貴方は悪いヒトです。

涙が出てくる。
こんなに心も身体も貴方が欲しいと叫んでいるのに、それを慰めてくれる貴方はいまここにはいない。

―貴方のが、欲しい…。

理性がいけないといっているのに、己の手はあの人が乗り移ったように下半身へと動き始める。
自分で寝着を捲り、そのままゆもじを割る。
静かに足を開いて恐る恐る自分のそこに触れ、いままでの妄想で充分湿っていることを確かめるとそのままゆっくりと自分を慰め始めた。

私のを触って・・・
・・・入れて欲しい・・・

こんなはしたないことを考える自分が情けない。
そしてこんな風に自分で自分を慰めている姿がなによりも一番恥ずかしい。

私のこんな姿を見たら貴方はきっと幻滅するに違いない。
こうやって貴方に抱かれたいと身悶えしている恥ずかしい姿を。
でも、いっそ見られてこんなにも貴方を欲している自分の本当の姿を知って欲しいとも思っている。
大目付の武家娘だからと芸伎嫌いの貴方は好いてくれたのに私は芸伎よりも淫らな行為に耽っている畜生にも劣る女なのです。

声を押し殺して、自分の感点を刺激する。
動かせば嫌がおうにも聞こえてくる湿った己の粘膜音。
隣の子供らに聞こえないかとびくびくしながら、それでもより強い刺激と性感を求めて音を更に立てながらそこを摩擦し続ける。

―もっと…して…

また貴方に突かれている感覚に囚われ、私もむちゃくちゃに腰を動かしてその動きに答える。
目の前にはいない貴方が意地悪そうに私の顔を伺っている気がして訳もわからず小さな悲鳴を上げた。

―お前さまっ・・・!

次の瞬間何かが突き上げ、ビクンと快感が頭へ刹那抜けていくと私はそのまま脱力した。
まだ数秒置きに体が快楽に襲われる。
指を引き抜きそのまま口へ入れて呼吸を噛み殺す。
無理やり枕へ顔を押し付け、激しい鼻息が隣の部屋に届かないよう息を整えると、口には甘酸っぱい自分の味が広がり、どっと疲労感がでた。
まだ自分のそこはひくひくと波打ち、あるはずのないものを締め付けようとする。

―あぁ・・・

ようやく呼吸が整う。
布ずれの音を極力立てないように衣服を正すと、今度は急に罪悪感に襲われた。

―なんであんなことをしてしまったのだろう、
こんなことしたって・・・貴方の帰りを待てばいいのに。

虚しさが広がり、再び貴方がいないことを思いしらされる。
こんな一時しのぎの慰めは快感という本能を瞬間満たすだけで後には自責の念しか残らない。
ただただ申し訳ないと心の中であの人に泣きながら謝って。

しばらくしてようやく、体から善からぬ感情と感覚が抜ける。
そうしてなんとか思考回路を正常な方向へと戻し、無理やり寝ようと決めて、そのまま冴きった目を閉じた。

今度はあんなことはすまいと心に念じて、

一刻も早くあの人が帰ってくるようにと願って、

また私は睡魔に身を任せていった。

Comments are closed.