うだるような暑さの中、ふと原田を見てぽつりと言った。
「その団扇・・・涼しそうな色だな。」
「あ、これか?たしかに水色に染め抜いてあって海みてぇだな。」
「・・・。・・・そうだ、」
「あぁ?なんだ?」
「そうだよ!海へ行こうぜ!!」
こうして俺の提案で、ほぼ強引に海へと繰り出すことになったのだった。
「海」へ行く
「永倉、俺はちょいと金の借用をしに藩屋敷へでむかにゃならんので遠慮させてもらうよ。」
苦笑いをうかべながらやんわり断りを入れる近藤を尻目に、そばの土方は
さも不機嫌そうな顔で俺を見つめている。
「まぁいいじゃないか土方君。こうも熱いと士気が下がるというものだろう。
たまには息抜きに海までくりだしても見回りの時間までに戻ってくればよいだろう?」
山南がなだめすかすように土方へ声をかけるが、ますます土方は気を悪くしたようで
しきりに険しい表情を浮かべては姿勢を崩した。
「永倉、おめぇここ最近昼間でも隊士が斬られてんのをしらねぇというのか?
大阪まででて戻ってくる時間になりゃあとっぷり時間も暮れておめぇだって
いつなんどき襲われるかわからんのだぞ?
・・・なにより士気に関わるだのはただの言い訳で、大阪になんかあるんじゃねぇのかい。」
あからさまに疑いの目。
土方は永倉にけっしていい感情などもってはいない。
試衛館時代からの仲間だと一応はおおめに見てやってはいるが、ここ数ヶ月の
彼の行動は自分の考えるものとは少なからずかみ合わないものがある。
土方としては、少しでもなにかあれば隊紀違反だと切り殺しても
一向にかまうまいとまで思うようになっている。
永倉だってそんな感情はとっくにお見通しで、だからこそ尚更楯突こうとするのだった。
膠着した緊張状態。
これをといたのはお茶を運んできた山崎であった。
「副長、お話があるのですが人払いを。」
ちらりと周囲を見渡し、暗に皆引き払えと目で訴えている。
まぁ大抵こんなときは話を切り上げて解散するのが常だから、しかたなく土方は
立ち上がり、「勝手にしろ」と呟いてみせた。
勿論「見回りの時間までに戻らなかったら3日間謹慎だからな」と釘をさして・・・。
こんな具合で俺は他に海へ行きたい連中を募り、こぞって海へと繰り出した。
原田は当たり前だが、碁を打っていた沖田と斎藤、
更にはそれを見学していた藤堂に島田をつれて機嫌よく鼻歌を歌いながら・・・
実情は半強制的に拉致したと同然ではあったが、経過はどうであれ
結果としてどうにか目的の大阪の海へとたどり着いた。
「おーーーーーい!!」
「海だーーーー!!」
まず飛び出したのは原田、それに続いて俺と藤堂。
他の連中はだらだらと歩いている。
「うおっ!!つめてー!!」
「せっかく来たんだからおよごーぜ!」
その提案に俺はさっそく上半身裸になり、原田なんかは服を脱ぎ捨てて
ふんどしのまま海へと飛び込んだ。
「ちょっと永倉さん!やりすぎですよ!!」
そう止めようとしているらしい藤堂もすっかりその気になって水かけっこに夢中
になっていった。
「斎藤さんは泳がないんですか?」
「・・・服を濡らしてまで入りたくなど無い。」
「替えのものも用意してこなかった。」
「島田さんは?」
「俺は大阪に用があってついてきただけだから。
そんな沖田さんはどうしてなのです?」
「体の具合があまりよくなくって・・・。控えているんですよ。」
そんな不健康組を尻目に、永倉原田藤堂組はびしょぬれになって騒いでいる。
砂が体中にすりついてまるで子供が墨で落書きしたような様相に変化していた。
ひそかに目を細めながら斎藤は呟く。
「いつまでも潮風に当たっていると刀が錆びる。」
「・・・塩が体に染み付いてどうもいやですし。」
追随するように沖田も肯くと、島田は示し合わせたように海から少し離れた茶屋を指差して
あそこで休みましょうと無言で二人を誘導し始めた。
「おい、おめぇらどこいくんだーーー?」
遠くから叫ぶ原田を尻目に、一向はふらふらと砂に足をとられながら
茶屋を目指して一直線に歩いていく。
「茶屋で休んでいますねーー。」
沖田がふと振り返ってようやくのんびりと返事を返す。
何も言わんでいいのにと斎藤が舌打ちするも、島田が首を振ってなだめすかし
なんとか茶屋へと歩を進めていった。