キエルの休日①会議の後で

「・・・食料自給の状態はどうなのです?地球側からの輸送物資により
だいぶ持ち直したと報告を受けているのですが・・・」

「はい、おっしゃる通りではございますが、今の時期ですとアメリア大陸では
冬の季節を迎えておりますゆえ、月と違いまして年中生産性が保たれているという
訳ではございませんので・・・」

「そうですね。地球でも冬を越す為に貯蓄をせねばなりません。
・・・リリ嬢も他の大陸との協力を図っているようではありますが、流石に
まだ歩調の合わない大陸から食料物資を調達するということは困難なのでしょう・・・。

「現状では地球から送られる物資のほとんどは、アメリアからの物資で
あるという偏った状態でありますから・・・。」

「フン、ろくに内輪で協力も出来ん連中どもが・・・、いっそレット隊の連中に
また略奪でもさせた方がまだましではないかな。」

「フィル。」
静かに、しかし相手の発言を妨げるには十分な力を持った女王の声が響く。
遅々として進まない地球と月の問題であるのは誰しも理解していること、
そしてそれを面白く思わない連中が居た事も免れようの無い事実であること、
しかし、最終的には”面白く思わない連中”の軍部トップであるフィルを始め
一度は「ディアナ」を抹殺しようと目論んだミランも再び「ディアナ」へ忠誠を誓ったのだ。
そんな経緯があった上、こうして再び会議の席で再度馳せ参ずることを赦され
更には以前のような権限を手に戻せたという生き恥をかいている事は
痛いほど分っているから、ミランはおおむね女王に同調し、まれにハリーほどではないか
辣言することもある。しかし”相変わらず”といえば気に障るであろうが、
軍人特有の横暴さを伏せ持つフィルにとって、言葉を選び控えろというほうが難しい
ことには違いない。

「フィル少佐、かのような発言は謹んで頂きたい・・・。
”ディアナ様あっての”我々であることを今度はアグリッパのように学ばれる必要がおありか?」
女王の側に控えている親衛隊隊長であるハリーが念を押すように言葉を紡ぐ。
ハリーにしてみれば、偉大なる「ディアナ様」を裏切った二人が今もこうして恩赦のような形で
政治に復帰している事を少なからず快いとは思わないであろうが、
その「ディアナ様」がまた彼らを必要としたのであるからそのことに依存は無い。
ただ、それに無自覚ではないかと思われる発言を繰り返すフィルには
何度こうした会議中に「謹んで頂きたい」と声をかけただろうか?

「・・・暴力には暴力でしか返ってはこないのです。
それにそんな状況でも地球から物資を輸送してくれる者たちがいるのではないですか?
わたくしたちも必ずや足並みが揃うということではないでしょう。」

周りに確認するように諭す口調で一言話すと、続くようにハリーが議題に戻るよう周りに目配せする。

「話を戻しますが、救援輸送物資の予測分を考えまして、いつもより食料生産率を120%ほど
上げれば・・・値的にはギリギリのラインですので、他の稼動エネルギーから
回さなければならないでしょうが、影響としてはさほど深刻でもございませんので
すぐにでも生産ラインの調整をいたしますが。」
フィルの発言に内心肝を冷やされながらも肝心の議題へ興味を戻せた(反らせた)ことに
ほっとするミラン。
それを受けて女王はようやくあの切り詰めたベールを脱ぎ、会議の終わりを告げた。

「わかりました。日が早いほどよいですから今日からにでも生産ラインの調整を行ないなさい。
それから影響の程度も後日詳細を聞きたいですから報告書をまとめる様に。
・・・それでは今日はここまでにいたしましょう。」

長く悶々とした会議から解放され、思わず身体を伸ばしながら去って行く下官たち
今後の打ち合わせについて会話を交わしながら扉を出て行くミラン、
そして気を悪くしたらしく舌打しながら書記官を小ずくフィル・・・。

ようやく集まった面々が去り、いつものように女王とその親衛隊隊長のみが部屋に残されると
女王である「ディアナ」、正しくは月の民と敵対する地球人であるキエルが、軽くため息をついて
手元のパソコンを閉じた。

「・・・資料を見る限り、なるべく早めに食料生産ラインの調節をしなければ
とてもではないですが、月の民すべてをまかなうには追いつかないようですね。」

「しかしミランが申しているように、他のラインからエネルギーを引けば
さほど深刻な影響もでないとわたくしは思いますが。」

「確かにそうなのかもしれませんが・・・今後のことを考えるとエネルギー供給の強化を
図ることも視野に入れないといけませんね。」

そこまでキエルは話終えると、ようやくハリーの方へ顔を向ける。
あいかわらずハリーは赤いバイザーで己の目を隠し、その感情は読み取れないが・・・。
そんなことも今やたいして気にも留めないキエルであったが、ふと今しがた
述べた自分の考えになにやらいい考えでも思いついたのか、再びハリーから顔を背け
手元のパソコンのディスプレイを開き始めた。
そしてそのまま、側にハリーが立ち尽くしていることなどすぐに忘れてしまったのか、
キーボードを叩き始める・・・。

が、その作業はハリーによって遮られてしまった。
この仕事に忠実な親衛隊隊長はキエルの手首を掴み、否応にパソコンへと釘付けになった
キエルの視線を自分へと移すことに成功したのだった。

「これ以上仕事に熱中するのは結構ですが、これではお体に障ります。」

咎めるようにそう言い放つハリー。
思わず反論しようとするキエルに、更に言葉を続ける。

「ここ数ヶ月、月施設の視察に連日の会議、そして夜はろくに眠らずに調べものを
なさっていることなどとっくに分っているのです。
寝たふりをして私の目を眩まそうとしても騙されるわけには参りません。」

「けれども、私は・・・!」
ようやくキエルとしての些細な抵抗に成功する、が。

「よろしいですか?明日の会議は中止にいたしました。
それから明後日からのフォンシティの運河視察も二週間延期いたしましたから、
くれぐれも今日という土壇場で行くとはおっしゃられませんように。」

とどめにハリーはそう告げるとようやくキエルから手を離した。
言い合いにバツが悪くなるキエルであったが、
ハリーもため息をついて側にいる女王の顔を見つめると、
こんどはやや落ち着いたトーンの口調を変えて、女王に対するものではない
親愛するご婦人へと向けるそれに変えて再び話し掛けるのだった。

「・・・キエル嬢、あなたがしっかりと仕事に打ち込んでおられるのは大変喜ばしいのですが、
貴女がその為に身体を壊すようなことがあっては、ディアナ様がさぞかしお怒りになられます。」

「理由はそれだけですか?」

ようやくハリーが、”不可侵の女王とそれを守る親衛隊隊長”という立場を崩したことに
内心喜びを感じたものの、あくまで「ディアナ」でいるキエル。

「・・・私にとっても貴女の安全を確保するのが仕事ですから、私個人と致しましても
お体を大事になさって欲しいのです。」

ようやくキエルに戻る、
いや、戻ってあげましょう・・・と口角がほころんで、最後にささいな抵抗を試みる。

「それは”ディアナ”に対して?それとも”キエル”に対してですか?」

「・・・”ディアナ”であるキエルに対してです。」

言葉すくなに答えるハリー。
無意識の内に自分の特徴ある袖口を掴んで引っ張る様が彼の真意を表している。
誘導されたかのように言いくるめられて苦し紛れに答えを返す様があまりに可笑しくて、
キエルはここら辺でからかうのを止めてあげようと思う。

「ハリー殿。わたくしも口が過ぎました。おっしゃられる通り休暇を取りましょう。」

赦しを与えるキエル。

「ただし私も女です。女の嗜みとして是非やっておきたいことがあるのですが、
ハリー殿は私が休暇を取る代わりにそのお手伝いをしていただきたいのですがよろしいか?」

穏やかな口調にようやく安心するハリー。

「私で出来ることでしたら、いくらでもお手伝いをさせていただきますが。」

「よろしいですわ。
ハリー殿はディアナ様の忠実な部下ですから決して命令には背かないと心得ました。
それではディアナとして、そして先ほど約束をさせていただいたキエルとして命令いたします。」

それはじっくりトドメをさすが如く。

「私はショッピングをしたいのです。」

「付き合って戴けますよね?ハリー。」
最後は抵抗を赦さぬと一目でわかる恐ろしいほどの微笑みで。

「全く貴女という方は・・・。」

半ば呆れたように、しかしどこか愉快そうにハリーは溜息をつくと
見事やり込められた自分の甘さを叱咤しつつ、目の前の貴婦人の願いを黙認することに決めたのだった。

・・・城を出る前、「これでは親衛隊失格ではないか・・・。」と
一室にて変装スタイルに身を包みながら一人嘆くハリーの姿があったとかなかったとか。

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