「月のファッションとはどれも女性らしさを強調するようなものが多いのですね。
テテスさんがあのような恰好を好んでいたのもわかるような気がします。」
エレベーターの中久しぶりの休暇に期待を胸一杯に蓄えてハリーとの会話に花を咲かせるキエル。
「しかし月と地球、何千年も交流がなかったにも関わらずこうして似たような服、町並みを持っているとは、
やはりわたくし達は同じ人類であることを改めて強く感じずにはいられませんね。」
「おっしゃる通りです。
我々ムーンレイスの祖先は元は地球人、
・・・私の父親も 望郷の念から帰還を望んでおりましたから、形には問題有れ
地球の雨に打たれた 時には母なる星の温かさを感じずにはいられませんでしたし。」
「そうだったのですね。
私も月へ来て、地球の暖かさがわかったような気がします。
地球の暖かささ、そして月の静かなる穏やかさを分かり合う為にも、
今後弛まぬ尽力を尽くさねばならない・・・。」
「そしてキエル嬢、あなたならそれを成し遂げられる。
ディアナ様のお心を受け継いだお強い貴女でしたら。」
「・・・それはハリー殿がいつも私を見守ってくれているからです。
きっと私は、貴方がいなければ途中でくじけていたやもしれません。
本当に感謝しているのですよ?ハリー殿。」
「私こそ、我々ムーンレイスの為に、そしてディアナ様の為に地球人である貴女がこうして
大役を引き受けてくれた事に日がな感謝しているのですよ。」
「・・・ディアナ様のたっての願い、私にはとてもではありませんが拒否することなど出来ません。
私でもディアナ様でしたらそうしたでしょう。
そしてそれを叶えて差し上げられるのも、私しか適役はおりませんから。」
ハリーは思う。
きっと彼女はディアナ様が言わずとも自らこの役を買って出たに違いない。
そしてそんな彼女だからこそ、
私はディアナ様の御意志に従い、新しきこの女王に忠誠を誓ったのだと。
・・・このような方の側で御仕えを命ぜられるとは、我が人生最高の名誉であると。
エレベーターが減速し、婦人服売り場へと止まる。
ガコンと扉が開き、眩いばかりの光がエレベーター内へ指しこむと、ハリーが話を区切り降りるように促した。
「着きましたよ。」
先を切って目の引かれるままキエルは、めぼしい服へと寄っては体に合わせ、自分の姿を鏡に映しては
豊かな表情で子供のようにはしゃぎだす。
衣服などたくさんあったけれど、それでもそのコレクションに新たな”自分で選んだ”一品を加えることは
女としての楽しみでもあるのだ。
ハリーはというとそんなキエルの様子を見守りながら、得に”警護”以上のことは手ぶらでいた。
自身はそれが任務であるから全くそれ以外の感情など持ち合わせてはいなかったが、
それを見かねたキエルは、ふと選んだ服を腕にいくつか抱えながらハリーの元へ近寄ってきた。
「ハリー殿は何かお買いにならないのです?」
「私は”ディアナ様”の警護でここにいるのです。そのような事は私の任務ではありません。」
相変わらず仕事一辺倒の生真面目な男に苦笑しつつ、自分のハシャギ様に「ごめんなさい。」と頭を下げるキエル。
「よいのです。キエル嬢が気になさることではありませんから。」
慌てて頭を上げさせるハリーであったが、その言葉を聞いて改めてキエルは自分は今や
キエルである前にディアナなのだということを痛感せずにはいられなかった。
「そうですね。私は”ディアナ”なのですから・・・。」
そう言葉を返し、再度手持ちの服へと目線を移す。
しかし心はどこかある考えに沈んでいた。
・・・もう大尉が、私を”キエル”として守ってくれることは余りに少ないであろうこと、
確かに私は”ディアナ”として彼の永遠の忠義を手に入れたのかもしれないが、
同時に”キエル”としての自己存在を失ったやもしれぬということ・・・
ハリー殿は、私を、キエルとしての私を必要と感じてはくださらないのでしょうか・・・?
そんな思いを振り払うかのように、キエルは手にした服を自分に当て、控えているハリーへと勉めて明るく尋ねる。
「ハリー殿、こちらとこの白いワンピース、どちらが私に似合うでしょうか?
それだけでしたらお答えいただけるでしょう?
本当は選んで頂きたかったのですけれど、”ディアナ様”の警護がお忙しいようですので。」
「おっしゃられる通りで、キエル嬢。
それだけでしたら私の感覚でよければお答えしましょう。」
思わず吹き出すキエル。
冗談めいた会話がこうもいとおしいとは。
「こちらの薄いブルーの生地がよろしいかと。」
地球の服につきもののフリルが無く、袖が無いシースルーのワンピース。
健康的な白い肌と、月のファッションに沿った金髪の束ねられた髪が更にそれを映えさせる。
肉付きのよい柔らかな二の腕が肩から覗かせ、ちらりと覗いた素足がまたなんとも魅力的だった。
・・・念のため、ハリーにしてみれば勉めて自分の控えてキエルにはどれが似合うかを考えた結果であることを付け加えておく。
「それでは、会計を済ませてから着替えればよいのですよね。」
満足げにハリーの選んだ服を抱しめて微笑むキエル。
10分後、更衣室にて着替えを済ませたキエルが女性の親衛隊に引き連れられハリーの前へ戻ってきた。
「やはりハリーは私の警護をこんなにも周到に手配していたのですね。」
女性達は親衛隊などとは一言も言わず、従業員のそぶりをしてキエルの着替えを手伝っていたのだが、
その目配り、いつも見慣れた気配を隠すことは出来ず、あっさりキエルに見破られてしまった。
「全く、ハリーは私を自由にはしてくれないのですね。」
”ディアナ”として愚痴るキエル。
ディアナ様がたびたび抜け出したくなるというのもよく分るわと、溜息をつく。
これからは私もディアナ様のように抜け出そうかとやや本気で思案しようかと決心するキエルであった・・・。
時計をみてハリーが時を告げる。
「そろそろ戻らないと怪しまれます。もう戻りましょう。」
「もうそんな時間なのですか?」
聞き返すとハリーは頷き、周りの親衛隊たちにすぐ城への帰還の手配しろと指示する。
「もう少々ゆっくりしたかったのですが・・・。」
名残惜しそうに呟くキエルを親衛隊の誰もが苦笑して同調する。
女王様の”お遊び”はいつもの威厳ある姿と違い、女の子らしい愛嬌のある茶目っ気がなんとも魅力であった。
「そうですわ、ハリー。あの目の前の市場で何か買うくらいはよいでしょう?
すぐに戻ってこれますから。」
「ならば隊員に・・・」
「いえ、私が自分で買いたいのです。止めるならば銃を向けてでもお止めなさいな。」
周りの手前”ディアナ”としてそう命ずると小走りに歩き出すキエル。
「勝手な行動は慎みください!」
慌てて追いかけるハリー。
全くこのような所はディアナ様に似ずとも・・・、と呆れるハリー。
それが自分の生真面目さからきているとは露ほどにも自覚していないに違いない。
・・・こうしてようやく短くて長い休日は終りを告げようとしていた。
いかような結末が待ち受けようと、それは神のみぞ知る。