郷愁

るろうに剣心の志士雄編より

署を出て大阪方面へ出向く街道へと足を運ぶ。
馬車を使えばいいのだが、特に急ぎの用でもないしそもそもこの時代馬車に乗るのに相当金が掛かるのだ。

道は活気に満ちている。
多くの人が行き交い、並ぶ店も繁盛していそうだ。
「変わったな。」
今更気づいたわけでもないが改めてそう思う。
十数年の月日は人も街も変えてしまうというのはまんざら嘘でもない。
自分が斎藤一という名前で新撰組として京都を闊歩していたときは
血なまぐさい香りが決して抜けない街だったのだが・・・
相変わらず町並みはそう変わってはいないが、明治という時代がそうさせているのか
新鮮なものに感じられた。

更に歩く。
街道へでるには色街の脇道を入ったほうが早いな、
そう判断すると躊躇なく脇へと反れる。
今では行こうとも思わないが、京都時代は足しげく通ったものだった。
日ごろの憂さを晴らせるのは人を切って女を抱くことだけ。
別段むなしいとも当時は思わなかったが、若い自分が正義を貫くには一種の遊びも必要だった。

あれぇ、珍しいこともあるもんだ。おまわりさんが歩いとるよ。
さぁ、おまわりさんでも芸伎の妾があることもめずらしゅうないからねぇ。

そんな声がたびたび聞こえたが別段気にも留めなかった。
自分は近道をするためにここを通っているわけであり、後ろめたいものなどなかったからである。
そうするうちに色街を抜け、やっと街道へとでた。
「休むか。」
そう思案してちょうど横に茶屋があることに気づいた。
蕎麦を食いたいとも思ったがたまには桜に団子としゃれこんでみたかった。
「おい、みたらしを一つくれ。」
そばにいた女中に声を掛け、傘の下へ腰を掛けた。
しばらくして茶が出され更に数刻してみたらしが出された。

往来を行き来する人の流れを見詰めながらみたらしを一つ頬張る。
茶を一口のみ、のどを潤す。
どうということはないが、ひどく自分が滑稽に覚えて一人口元が緩んだ。

と、その時ふと横合いから声がかかった。
「・・・一はんやおまへんの?」
物腰が柔らかな女の声。
聞き覚えがある。
「おまわりさんの格好しなはって判らなかったさかいに・・・一さんでっしゃろ?」
「新撰組三番隊組長斎藤一さんやろ。」
まったく・・・京都というところは面倒だ、
やっと藤田は女の方を向いた。
目の前に移るのは白い白粉をぬり、みごとな錦織の着物を着た芸伎、それも最上にあたる太夫らしき女。
藤田に見覚えがないわけではない。
いやむしろ・・・京都時代に囲っていた女だった。
京都には色々な女がいるが、人との関係を嫌う斎藤にしては寵愛していた芸伎。
「お前か。」
藤田はそうとだけいった。
・・・新撰組という派閥争いの喧騒から唯一解放されるのは現世(うつせみ)とは見まごうばかりの色街
酒を飲み女を嗜む。
もちろん嗜み程度ではなく、本当に愛した女もいた。
京都を追われた際どんなに酷く心乱れただろうか?
なんどそのことをしても離れられがたかったか?

目の前の桜が風にさらわれふと花弁を振りまいた。

「今は藤田五郎だ。少なくとも今はお前の知っている斎藤一という人間じゃない。」
「さいですか。五郎さんとお名前かえはったんですね。」
あいかわらず女は「五郎さん」となれなれしく呼ぶ。
だがわずらわしくは感じない。
「お前も相変わらずだな。またどこぞの妾でもしているのか?」
別段気もとめぬように言葉を切り出す藤田。
それをしってか知らずか女も笑みを浮かべて返事を返す。
「芸伎はそれしか能がありんす。」
「そうか。」
藤田はまた口に茶を含む。
一息ついてまた女を見た。
だが今度はなにも物を言わない。
これが郷愁というものか・・・、
そう思った。
この幕末という顛末の結果がこれか、とも思った。

「五郎はん、今はどないにすんではるのですか?」
女はそう聞いた。
「東京だ。」
藤田は答えた。
「東京どすか。天皇もあちらへ移るとかでますます都らしく華やかになるやろうなぁ・・・。」
女はさもうれしそうな顔をした。
酷く滑稽な笑み。
あぁ私は辛いんだ、女はそう認められずにはられなかった。
「一はん、」
あえて昔の名で相手を呼んだ。
「あちきは一はんに心から惚れていんした。」
「もういちど抱いてとはいいんすが、今日は一はんとお会いできてうれしゅうございました。」
身も心も惚れていました。
本当に本当に・・・

女は立ち上がり藤田へと向き直った。
その涙も振るえもない様子に、いい女だったと藤田も思わずにいられなかった。
「最後にひとつお聞きしてよござんすか?」
「・・・あぁ。」
もっとも今生の別れになるとの覚悟は逢った時から決めている。
最後までただの行きずりで通したい・・・。

女は聞いた。
「今幸せですか?」と。
藤田は女を目を合わせ
「あぁ。」
とだけ答えた。
「ではあちきはこれで・・・。」
目の前の、昔の女は会釈をして再び色町へと消えていった。

しばらく藤田は女の背中を見詰めていたが、ふいとまた目線を通りへと戻した。
思い出したように煙草に火をつけ吸う。
煙で通りが霞んで見えた。

「明日江戸へいく。」
「・・・ここからもう離れねばなるまい。」
閨で女を抱く。
女はそれでも涙一つ流さない。
「よく存じております。ここも新撰組は嫌われてますさかいに・・・。」
「お前も俺が嫌いか?」
皮肉交じりに女をなじる男。
「嫌いでしたらあちきはあなたとこんなことはしません。」
「そうか・・・。」
そしてそのまま乱れる女の声。
そのままその声は明け方まで続いていた・・・。

–京都–

「署長、煉獄の件ですが・・・」
「あぁそのことかね。確かに君の言う通り志志雄以外に絡んでると見てもいいな。」
「はい、いくら財にものをいわせたとしても一個人が甲鉄艦を手に入れられるのは困難かと・・・。
志志雄と並行してそちらの方にも探りをいれるべきだと思うのですが。」
「そうだな。ではこの件に関しては君に一任しよう。代わりというのもなんだが
大火の事後処理は私がやろう。」
「すみません。」

藤田は眺めていた調書をポンと机に置くと立ち上がった。
張の尋問でうらがねを引いているものには目星がついている。
少々厄介ではあるが街へ繰り出し煉獄流出の出所を絞るためにも自ら出向こうと思ったのだ。

「となると・・・。」
煙草に火をつけ地図を広げる。
くまなく目で街道を追うとしばらくして藤田はつぶやいた。
「ここら辺か・・・。」
こうして再び彼はつぶやくとそばに立てかけた愛刀と手にとり、新たな疑惑を探るべく歩きだした。

「さて行くか。」
藤田は煙草をすて奥にいる茶屋のおかみに声を掛けた。
「勘定はここにおいておく。」
そういって懐から銭をだすとぽんと置いた。
「あら、ずいぶんと余計ですよ、お客さん。」
おかみが慌てた様子で奥から出てきたが、それを無視して藤田は今の任務を全うすべく人ごみへと分け入っていった。

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