月光(斉藤×時尾)

小さい頃、けっして泣かないと誓ったあの日からもうすでに幾年。
あの約束を頑なに守り続けるつもりだったのに、
いつのまにか辛い出来事に何べんも襲われるようになって・・・。

夜、一人布団部屋で泣いた。
あの戦争のことを思い出して、あの光景が目から離れなくて
私の前でしんでいった人たちが、うらめしそうな顔で迫ってくる夢を見た。

・・・のうのうと生き残るなんて
・・・高木さま、恥でございますよ

動悸が止まらない。
酷く汗をかいている。
しかし今の夢だけはリアルに脳裏に焼きついて、しばらく離れそうに無かった。
私よりも若い子らはみな進んで自害していった。
私もと思ったが、少しでも戦おうと槍を抱えて走り回っていたのが悪かった。
気がつけば城は落ち、首を刺す前に新しい領主が支配を置いてしまった。
そのまま死ぬ機会を失った私は、せめて死者を弔い、敵軍の元に
晒されることの無いよう葬ることしか出来なかった。

・・・申し訳ない、そなたたち。
しかし私は今更そちらへ行くことなどできぬのだ。

老いた母とまだ十分成長していない弟の為にも
私は生き続けなければならない。
私しかこの家族を支える手立てはないのだ。
父上が残したものを質に入れるなどしてなんとか日々しのいで入るが
それがいつ尽きるかなど目にみえている。

それでも私は。

生き残ってしまった罪悪感と、
それでいてあの惨い城下から思い起こさせる悪夢にさい悩まされて、
こうやってこっそりと泣くことでしか、
自分をなぐさめるすべを知らずにいた。

月の明かりが小さな格子窓から差し込む。
今宵は満月、
ところどころ細切れた雲が光を遮り、微妙な影を時たま落とした。

「なにをしている?」

涙であふれた目は、ぼやけながらもふと一つの細長い影を捉えた。

「高木どの?」

その長い影の持主は静かに近寄ってくる。
私は慌てて背中を向けて涙を拭い、「なんでもありませぬ。」と首を振った。

「時尾・・・。」

私たち二人しかここにいないことを悟り、その男はいつも私たち二人きりの時
にしか使わないその呼び方で私を呼んだ。

・・・そうやってやさしくしないでください、でないと私は。

また抑えたものが流れ出しそうになって、私は唇をかみ締める。
小さな嗚咽が喉から響くのではないかと恐れたほどに。

「こんな所におると風邪をひく。早く克子どののおる部屋へお戻りなさい。」

私を諌める、その、人を落ち着かせる口調。
・・・あなたはそうやってどの女子にもやさしいのですよね?

「あなた様こそこんなところで何をしておられるのです?」

逆に咎めるような物言いで私は尋ねかえす。
悪夢に際悩まされたあとは、こうやって誰かに強いふりをしないと
そのまま見えない沼に嵌っていきそうで。

それを知ってか知らずか目の前の貴方は私と目を合わせながら
私の心の奥底を見通すような目つきで言葉を紡ぐ。

「・・・泣いていたのか?」

私は何も答えない。
答える必要もない。

「俺は・・・寒くて眠れんから布団を取りに来ただけだ。」

私のうらめしそうな目線を避けるようにそう貴方は答えた。
なにか言いたそうに薄い唇を少し開いたが、思い直したようにまた呟く。

「・・・早く戻れ。」

聞いて聞かぬふりをする素直でない私。
いつのまに涙は止まり、子供のように融通の利かない女になる。

・・・また暫く見詰め合う。
流石にこのままではらちがあかないと判断したのだろう。
再び貴方は口を開いて、こんなことを言った。

「戻らんと・・・ここまで来た俺が馬鹿に見えるだろうが。」

そういった後で、慌ててしまったというふうに顔をそむける目の前の男。
余りにその殺伐とした人格には似つかわしくない慌て方。

「とにかく戻るぞ。」

今度は強く言った後、ずかずかと近寄って私を無理やり抱え込もうとする。

「おやめください!」
「いいや、こうもしないとお主は戻らぬのだろう?」
「いいえ!赤子ではないのですから、そんなことされても一人で戻りますゆえ!」
「駄目だ。きっと明け方までこうしているつもりだろう?」

そのままくだらない押し問答を私たちは繰り広げ、いつのまにやら・・・

笑い転げていた。

「まったく・・・いうことを聞かぬ奴はこうしてくれる。」
そのまま後ろから私を強く羽交い絞めする貴方。
「こそばゆいですから放してくださいな!」
笑って騒ぐ私。

あまりに笑いすぎて、今度は涙が出てきた。
ひとすじ、またひとすじ。

「あれ?」

小さく笑って不思議そうに後ろを振り向く私。
貴方の顔が、またみるみるぼやけていく。

「なんで止まらないの・・・?」

それに貴方は答えず、ただ羽交い絞めにしていた私を一端はなし
こんどは正面から抱しめてくれた。

「俺は何もみぬ振りをするから。」

そのまま私の頭を手で自分の胸へと押し付け、背中をあやすように撫でつける。
早く楽におなりなさいと、まるで私に言い聞かせるように。

大笑いした反動で、いままで閉じ込めていた悲しみが溢れ出し、一気に流出する。
こうして貴方に抱しめられていることはうれしいはずなのに、
それとは裏腹に自分だけこうやってのうのうと生きていることが恨めしくって。

・・・でも。

声が裏返る。
しゃっくりあげるような音が胸からこみ上げ、はしと貴方の腕を掴む。

ゆるして。
お願いだから私を許して。

見えないものたちにひたすら謝る。
贖罪の方法なんて、こうすること以外思いつかない。

と、ふと貴方も小さな声でなにか囁いた。

・・・俺もお主と同じ穴のムジナさ。

そしてそのまま続ける。

・・・ただ俺達が出来ることは、
死んだものたちの分まで幸せに生きることだけだ。

死んだものたちが願うのはそういうことさ。
うらんでいると思うのは、己にある卑屈な罪悪感がそうさせてるだけだ・・・

泣きながら顔を上げる。
酷く狼狽した表情で、私を見下ろす貴方。

「私に泣かれると困るのですよね?」

しゃっくり上げたままゆっくり話し掛ける私。
再び曇った心が、貴方の言葉ですーっと晴れていく気がした。
まるでいま私たちを照らしているあの満月のように、貴方は覚束ない私の足元を照らしてくれる・・・

「ならばもっと泣いて差し上げましょう。」

その言葉をきいていっそう慌てた顔をする貴方。
それがいとおしくて、今度はちらりと舌を出し本当に笑みを浮かべながら私は泣いた。
半分泣き真似も入っていたけれど。

雲がまた月を覆って部屋の中に影をおとす。
しかし再びこうこうと輝いて私を照らしてくれる。
けっして泣かないという誓いはこの人の前では破られ、また私はその代償に笑顔を受け取る。

・・・まだ子供じみた私だけれども。

これからもずっと私を支えていてくださいね、未来のだんな様。

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