静まった離れに息を殺して近づく。
「あそこか?」
永倉が息を潜めて隣の沖田に訪ねた。
「そうです。あそこが例の輩がいるところです。」
にこやかに笑みを浮かべて沖田は向かうべき方向を指差した。
もっとも提灯ひとつもない夜だったから、月明かりのみでやっとこ家らしいものがあるのに気付いただけではあったが。
「いくぞ。」
いやでも強引さをかもし出す永倉の口ぶりも沖田にとっては心地よいものらしく黙ったまま後をついてくる。
丁度斎藤にも奥から来るようにと手はずを整えていたから、まずは目星を切り損じることはないだろう・・・
そう考えながら草を踏み分けると
「もっと静かにお願いしますよ。」
といやにせせこましい注文を沖田がつけてきたもんだから、思わず
「うるせいやい。」
と永倉は一蹴した。
これからという時に限って沖田は饒舌になる。
自ずと人を落ち着かせようとするのか知らないが、自然と笑みが零れた。
ほどよくしてようやく間者が女を囲っているという離れの軒下までたどり着き、
襲うべき部屋を見取り図で確かめた。
「あいにく奴らは女といるみてぇだ。」
少々渋い顔を浮かべる永倉。土方からはすべて切れと命じられている。いささか無残だがその場に居合わせれば女でも切り捨てろということだ。実は先 刻忍ばせていた隊士が、女も今日は来るということを離れの主から聞いたらしく苦々しい顔で報告してきたのだ。女を切るという作業はいつも俺を嫌な気分にさ せやがる・・・またしばらくは島原にいけなくなるな、そんなことを考えた。
「そろそろです。永倉さん。僕の隊は目の前の部屋から切り込みますんで永倉さんはそのまま奥の星をやってくださいね。」
そして時は満ち、一斉に男たちは切り込みに入った。キャーッッッ何者だ?
慌てふためく声。だが誰として手をとめることなく、相手に武器をとらすいとまさえ与えずに切っていく。「どこにいやがる?!」永倉はそう叫びながら部屋のふすまをどんどん開け放っていく。と、向こうに斎藤一の姿を見つけると「おい、斎藤君!」と声をかけ走りよった。
斎藤はというと丁度目の前の女に刀を突き立て絶命させたところだった。
「・・・っ」
悲鳴にもならない声を上げて無残にも倒れる躯。脇腹に一太刀、それでももがいたから心の臓にまた一突きして殺したらしい。おもわず目を覆いたくなる衝動に駆られる永倉。が、殺した調本人はそれを目の前にしても顔色ひとつかえずに永倉に顔を向けた。
「ここにはいないようです。」
冷静な口ぶりで顛末を報告する。
「・・・いんや、いるはずだ。」
胸元から迫り来るオウド感に絶えながら永倉はそう伝えた。コイツなんて顔で人を切り殺しやがる・・・侮蔑にも似た驚嘆の中で永倉はたち尽くした。女 は黙って逃がしてやるのも手だというのに、平気で皆殺しにしやがる一体なんてやつだ・・・開いた口がふさがらないまま、永倉は思考を再びもとの軌道へ戻し 間者の姿を探す。
こういうときは五感を研ぎ澄ませれば大体どうなったんだか判る。自分より秀でた沖田や斎藤に対する唯一の感覚だった。「庭に殺気がぷんぷんしやが る!」そういうが早いが「沖田っ!齋藤っ!」と叫びながら庭へと走りだした。「星は庭にいるぞ!!」その声に他の隊士たちも追随する。うまくいきゃあ本当 に皆殺しだな。そう土方に報告できることを考えると自然とうれしくなった。
庭で二つの影が動いたかと思うと、予期した通り女を連れた星が刀を持って立ち尽くした。「待ちやがれ!。」走って追いかけるが到底追いつきそうもな い・・・が、視界がさえぎられたかと思うと沖田が脇から跳躍し、逃げる男へと切りかかった。「お命頂戴する!」そういうが早いが首の付け根から脇腹へ一気 に刀を引いた。
ブシュッッッ
肉の水分が刀と擦れ合い見事なまでに音を立てた。そしてそのまま第二撃、倒れこむ男の首もとへ一気に刀を突いた。そのまま先は後ろの女の心の臓おも突き破った。いわずもがな、即死だった。
「よくやった。」永倉は沖田へと近寄った。今度はうまく女の死骸が男のものと重なって倒れているから嫌な思いはせずに済んだ。「手間取らせやがって・・・。」そうつぶやいて引き返そうと声をかけるべく沖田の方へ手を置いた。
ん?
そして彼は気付いた。この若者が肩を振るわせていることに。「総司?」不思議に思って下の名前で呼んだ。「・・・かわいそうなヒト。」
沖田は泣いていた。
躊躇なく殺した後なのに、その後の馴果てを目の前にしてこいつは泣いている。太刀筋は斎藤と同じく迷いが無く恐ろしくきれる代物だが、その後に対する感情はまるで違ってやがる・・・
そう感じたとき永倉は身震いがした。俺が怖いだと?いんや、それもあるかもしれねぇが・・・何よりこんな奴らといれるなんて・・・武者震いしやがる!
それはふつふつと湧く歓喜であった。新撰組は時として無残に死骸を残さねばならぬときもある。組長としてそれは承知しているものの、いざとなるとどうしても剣に迷いがでることもしばしあった。・・・そういえば酒の席で土方が零していた。
「沖田は恐ろしすぎるほどの純粋さで人を切る。だから修羅になるべき時間を知り、過ぎれば子供に還る。齋藤は恐ろしいほどの信念で人を切る。だから迷いなく標的を切り、それに悔の念も抱かない。」と
では自分自身は何を持って人を切る?その答が今やっと出た気がする。そう、すべては国のため
そして・・・お前らのために俺は人を斬る