帰り道を急いでいると、そばを子供らが駆けて行く。
ついついほほえましく思ってその行く先を見つめていると
錦絵屋の前でふと足を停めて口々にこいつが格好いいだのこいつは嫌いだの話し始めた。
「錦絵か・・・。」
そういえば今まで一度も見たことがなかった。
どうも流行というものに自分を合わせるのは嫌いであったし、だいたい
女子供が騒ぐような娯楽など男の自分が嗜めるはずもない。
それに官服姿の警官が錦絵屋にひょいと顔を見せる姿を想像するとなんと間抜けなものか。
まぁ、多少興味を惹かれるものではあるが・・・。
そう考えながら、さっきの子供らの前を通りすぎようとした瞬間、
後ろからふいに声をかけられた。
「おお、藤田君じゃないか。」
振り返るとそこには○○が立っていた。
そしてそのまま俺の腕をつかんで丁度いいというと
「そうだ、そこの錦絵屋に付き合え。」
といってぐいぐい引っ張っていくではないか。
「ちょっ、ちょと!一体なんなのです?」
慌てて立ち止まって聞き返すと○○は恥ずかしそうな顔を浮かべてこういう。
「実は家内と娘に伊庭八の錦絵を買ってきてくれと頼まれてな・・・。」
・・・どうやら妻娘にせがまれたらしく、錦絵を買ってくる羽目になったとか。
しかしいい年の男が、一人で入るのは気が引けてどうしようかと考えていたらしい。
「つまり俺と一緒なら恥ずかしくないというんですか?」
そう聞くと
「なぁに。そなたも分かっているではないか。」
といってまたぐいと引っ張る。
このまま引きずられていくのもなんだから仕方なく分かりましたと
答えて、一緒に店先へと顔を出すことにした。
初めてまともに錦絵を見た感想はというと
なかなか綺麗な代物ではないかというものだった。
そんな表情を浮かべている俺を見て○○は今更そんなことを
知ったのかいという感じで俺をみやると、そのまま目的の錦絵を探し始めた。
・・・見れば見るほど色々な連中の絵が入り乱れているなぁ
そう思わずにはいられなかった。
なにせ幕軍官軍入り乱れて節操もなく並べられており、
特に当時美系だと評判だった連中の絵がこぞって山積みされていた。
「それにしても。」
ふと○○に話し掛ける。
「こうやって見ていると十何年という年月はあっという間ですなぁ。」
今更どんな形にせよ昔の連中を見てももはや酷く感慨に囚われることはなく
こんな時期もあったことだなあと思うだけであったが、錦絵に移っている
土方やら近藤やらをみていると、思わず俺も歳を取ったものだなぁと
時の流れを痛感せずにはいられなかった。
「あぁ、ま、そういうもんだが流れた時間はどうこうできるもんでもねぇだろ。」
相変わらず錦絵とにらめっこしながら○○はこれはブスだの
これはいかすけねぇなどといいながら選択に余念が無い。
・・・これは暫くここから動くことはあるまいな。
そう○○の姿を見て苦笑し、己も折角だからと物珍しさも手伝って絵を見て回ることにした。
それにしてもまぁ見れば見るほど色々なものがある。
一人一人が描かれたものから、三傑やら名指揮官ものまで
実際にはなかなかお目にかかれない連中の絵がずらりと並んでいる。
なかには実物とは似ても似つかぬものなどもあり、見ていてそれなりに
楽しめるものであった。
「ほぅ・・・。」
ついさっき○○が欲しいといっていた伊庭の錦絵を見つけた。
新撰組遊撃隊隊長伊庭八郎。
粋な江戸っ子で女好きだったものの、仕事の方はきっちりとやる奴で
なかなかの腕前を持っていた。
残念ながら沖田さながら若くして死んでしまったが。
隣へと目を移す。
今度は土方の錦絵。
言わずと知れた新撰組副長。
芸者のような顔を持ち、それでいて隊内では鬼と呼ばれる男だった。
事あるごとに人を切り、邪魔者の粛清を繰り返したが、
最後は己の美学のみを貫く為に戦死した男。
両方とも女受けする顔だから、置いてある枚数はもうすぐで品切れしそうな
程減っていた。
「いつの時代も面のいい男はもてるもんだ。」
男もそうであるように女もそういうもんだと当たり前の事を考えて笑いながら
また隣へと目を移そうとした。
とその時、俺が品定めをしているのかと勘違いしたらしい店員がひょいと寄ってきて
お目が高いとなにやら手をもみ始めた。
「やはり男なら女のように色でみるんじゃないですわ。
どれだけ人を殺したかって言う強さでさぁ。」
まさかただ見ているだけだとも言い難かったから、仕方なく相手の話に耳を傾ける。
進められるがまま相手が指差した方を向くと、
そこには丁度今おれが目を移そうとしていた・・・
ほかならぬ斎藤一と書かれた己の錦絵だった。
「新撰組の三番隊組長ですわ。聞くところによると沖田とかいう奴より
強かったとか言う男です。ほら、見てくださいよこの姿。」
そして指差される絵をみると、
人の頭を三つほど掴んで勇ましく人を斬る絵が書かれていた。
更によく見ると如来堂にて死すとも書かれている。
「まぁ逆賊とはいえ、こいつもお上の為に働いていたやつでさぁ。散々人を殺したようですぜ。
しかしコイツも死んじまったし、お上といっても今は天子さまに取って代わられましたけどね。」
「・・・。」
まさかこんなところで俺の姿が絵になっているとは知らなかった。
しかしそんなことよりも。
「おれはこんな風に頭三つも掴んで戦ってなんぞおらんが・・・。」
思わずそう呟かずにはいられなかった。
流石に今は会津藩もとい斗南藩士としての身分は頂いているが
一昔の甲冑に身を包み、人を殺してはその頭を腰にぶら下げていた
会津人と己は違う。
あんな古めかしい戦いをしていたのではあっという間に銃で撃たれて死んでしまう。
「描くにしてももうすこしどうにかならなかったのかい・・・。」
そうぼやいていた俺を店員は不思議そうに見ていたが
「とにかくコイツはおすすめです。是非かってくんなせ。」とまた一声かけてくる。
しばらく苦笑いを浮かべて店員の口上を聞いていたが、懐から財布を出して
一枚おくれと金を払った。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思ったが、こんな風に店頭で並べられている自分の姿
をじっくり見るのも、なかなか痛快ではないかと考えてのことだった。
「おい、店員。」
帰り際、ふと振り向いて店員に声をかける。
「死んだ連中を『コイツ』呼ばわりするなよ。」
そして更に付け加えて
「コイツ呼ばわりなどされたら、もしや恨みがましく化けてでるやも知れんぞ。」と。
その様をおかしそうに○○も見ている。
「まさかあの店員、お主が斎藤一本人だとは夢にもつかぬだろうな。」
そういって二人顔を見合わせると、どちらともなく笑い始めた。
くっくっくっ・・・
はーっはっはっはっ!!こりゃ可笑しいや!
笑い声はさっきいた子供らにも聞こえたらしい。
そのまま歩いていく二人の姿を不思議そうに見つめていたが
またきびすを返して己たちの話へと花を咲かせていった。