軍部パーティ①序章

「同伴OKだとさ。」
「あら、軍のパーティーなのに?」

朝七時過ぎ、軍法会議所に勤める夫マース・ヒューズを持つ妻グレイシアは、
玄関で告げられた言葉に目を丸くしてそう答えた。
マースはこれでもれっきとした軍人であり、またグレイシアにとってはかけがえのない夫でもある。

「あぁ、どういう吹き回しかしらねぇが、ラフでもかまわないらしい」
「内輪なものでもないのに?」
「たまには羽目を外すのもいいと上が思ったんじゃないのか。噂じゃ閣下の一声で決まったらしいぜ。」
「珍しいわね、おおっぴらにパーティーだなんて。
もしかしてどっかの誰かさんみたいに年中中弛みの軍人さんの士気を上げる為かしら?」
「おいおい、そんなこといったらその”どっかの誰かさん”とやらはいじけちまうぜ。
愛しい妻と子供置いて必死で働いてんのにってさ。」
「大丈夫よ、そんなこと本当はわかってるって”愛しい妻”は確実に思っているから。」
「だと嬉しいね。」

男はふいを打って女を抱き締める。
隙を狙われた女も満開の笑みで男の抱擁を受け止める。
そんな朝のひとこま。

「早く行かないと遅れるわ」

さりげなく別れを惜しむ夫をたしなめるのもいつもの事。

「・・・しかしまったくもってこの手は離し難いな、うん」
「駄目よ、甘えても。仕事は甘えを許したりはしない、でしょう?」
「あ~あ仕方ねえなぁ、それじゃせめて夜まで持つようにいつものおまじないを頼む!」
「はいはい、あなたを働かせるためにはなんでもするわ。まったく子供なんだから・・・」

苦笑しながら、ゆっくり唇を重ねる二人。
甘くならないように軽く触れ合わせるとようやく男は女から体を離し階段へと足を踏み降ろした。

「じゃあいってくる!」
「気を付けて。」

やがては遠ざかる夫の靴音、姿が豆粒になるまで見送るとグレイシアはようやくドアを開け、
まだ眠る娘と一日の喧騒を始める為に母の表情へと顔を変えた。
夫がまたこのドアノブを回すまで、こうしてしばしの時間そろそろ目覚めだす小さな妖精とのささやかな時間を楽しむのだ。

「男女同伴可か...」
「ふむ、迷うな。」
「なにがです?」
「いや誰を連れて行こうかとだね。」
「一番見栄えのする子を連れて行けばいいんではないですか?牽制になりますし。」
「う~ん、しかし迂闊に連れて行って結婚相手かと騒がれるのも...」
「男女同伴とは必ずしも一緒でなければならないというわけではありませんから、お一人でも問題はないと思いますが。」
「私はもてるからね、これを期にとたくさん言い寄られるのも悪くはないのだが・・・」
「そこまで面倒は見きれませんので。」
「だからだね、野郎と吊るむのは不本位だが”みんな”で行かないかといいたいのだよ。私は。」
「”みんな”ですか。”私”は構わないですけれど。ただしハボック少尉やファルマン准尉はどうなんだか...」

そうリザが考えこむ姿勢を見せた途端、突然
「行く!」
「以下同文であります!」
威勢よく立ち上がったのは勤務中の当の二人。

「全く、今日はそのことで頭いっぱいのようだな。」
顔を押さえて頭痛がするとやってみせるロイを傍目に、
しれっとした顔をしつつも彼らのパーティーに掛ける情熱は表情とは裏腹に熱い。
実際問題、思わず零れる言葉はそのよこしまな考えに嘘偽りがないことを表していた。

「彼女ほしいっす!」
「大佐のおこぼれ恵んでください!」

一瞬険しく部下二人を見つめるロイだったが、「ただし一番いいのは私が貰うからな」と言い放った途端、
耐えられ無くなったのか吹き出し笑い始めた。
意味を理解し釣られて笑い出す男連中を尻目に、リザ・ホークアイはただ一人呆れた笑みを浮かべるのだった。

「・・・これでは今日一日仕事にはなりませんね」と。

こうして周囲の期待と戸惑いを巻き込みながら、慰労会と銘打たれた軍部パーティはいよいよ開催されることとなる。

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