-さぁ今日だけは無礼講、飲んで騒いで楽しんでくれ。
なんせ大総統直々のお墨付きだ!ただし街へでて迷惑はかけないでくれよ。
カワイ子ちゃんとはお持ち帰りで楽しんでくれ、イェア!
「だれだよあの人を司会にしたのは・・・」
という呟くハボックの傍にはいつもの面子が座って酒をくつろいでいた。
カウンターに座り煙草をすうハボックにブレダとファルマン、
少し離れたスタンド席でリザがカクテルを嗜み、上司であるロイは女に囲まれて愛想を振り撒いている。
「ん、どうする?」
値踏みを完了したハボックは隣に座っているブレダに尋ねると、
ちょうど注文の品を取り付けたばかりの彼は気の乗らない返事を返してきた。
「みてみりゃほとんどの連中が”おまけ”付きじゃないっすか。」
「・・・いうな。」
つれないブレダを牽制しながら、事実”餓えた野郎”は控えめで、
”女付き”のペアの方がよっぽど多かったりする現状を暗黙の了解で理解しあう。
ただ唯一救いなのは、彼等の上司の周りには奇跡的に単品の女が複数存在するということだった。
「結局おこぼれっすか。」
自らのもてないぶりを改めて自覚しつつ、
それでも目的を達成する為には我が身をぶつけて女を落とすしかない。
果敢にもそれに挑もうとする勇士が三人、今まさに進軍ラッパを吹き鳴らさんとしていた。
-さてレディースエーンドゥジェントゥルメーン!
乗ってきた所でレッツダンシングターイムッ!
どこぞの親馬鹿の調子良い声が響き渡ると、ライトが一斉に瞬き辺りの床一面をカラフルに染める。
更には威勢のいいダンスナンバーが掛かり、あっというまに浮かれた騒ぎは打ち寄せる大波のように拡大した。
密着しつつ踊り出す開放的な男と女たち、さりげなくお互いに触れては挑発的な振り付けを見せ合う。
思いのまま動くうち、だんだんと酔いは回ってゆく。
「いくか。」
「だな。」
人のうねりを見計らいおもむろに立ち上がる二人。
仲間とはいえ、いざ進めば敵、これは出発と同時に駆け引きの合図でもあるのだ。
「大佐!」
二人は偶然を装いロイに近づく。
ロイはというとショートカットのきれいな女に御執心のようで、なにやら話し込んでいる最中だった。
「大佐、紹介してくださいよ」
ブレダがせっつくと、ロイの相手はこちらを振り向きにっこり微笑んで会釈をした。
ロイ本人はというとちらりと振り向いただけでなんとも厄介だといわんばかりに目線を飛ばすとすぐに女へと戻した。
「いつも夫がお世話になっております。」
「え゛っ?」
「ヒューズ中佐の奥さんだ。忘れたのか?」
呆れたロイの声が耳を通り抜けようやく彼女がヒューズの妻グレイシアであることに気付く。
小綺麗で派手な装飾を押さえたいずまいがなんともいえない雰囲気を醸し出し、
いつもとはまた違ったイメージを抱かせた。
「こちらこそよくしていただいて感謝しております。」
敬礼してハボックは挨拶をする。
一瞬見取れていたのは勿論内緒だ。
横に立ち尽くす少尉さんもどうやら同じ感想をもったらしい。
-美人だよな。
横から肘でせっつく。
-どうすりゃあんな嫁さん見つけられるんだ?
「運命っていう偶然だろ。」
「そりゃ俺達に待てっていってるようなもんじゃねぇか。」
「なにを話してる?」
ロイがいぶかしんでいる。
それを受けてブレダがまた一言囁く、「30前の独身よりはまし。」
だからハボックもこう返す、「だな。」と。
「まぁいい。私は待たせている人がいるので失礼する。ではまた。」
グレイシアに、そして部下二人に目配せすると、
ロイはカクテル二人分をさりげなく持ったままこの場をはなれていった。
後は好きにしろ、そういう女受けがよい上司の気回し。
どうやら彼自身は場所を変えて”ハント”するらしい。
「それじゃ俺達も!」
グレイシアとの会話を打ち切り、せっかく張り付いている女を逃さないようにと
ブレダが形式的な愛想を振り撒く。
-おぃおぃ・・・
流石に挨拶だけで逃げようとするのも気が引けるととまどうハボックを余所に、ブレダは遠慮がない。
まんまとハボックを放置すると、そのまま話し相手を単品の女へと変えてしまった。
「私みたいな子持ちのおばさんを話し相手にするのは嫌かしら?」
ブレダのあからさまな態度を見て、グレイシアはハボックにそう言う。
別段皮肉という訳でもなさそうだが、彼女なりにまだ若いという茶目っ気を表したかったのかどうか。
「いや、そんなことないっす。可愛いですし。」
ついて出た言葉に、さりげなく本音が入り交じったことにハボックは気付かない。
”可愛い”だなんて最近はマースにしか言われた事がなかったのにと、
グレイシアはうっすら照れたのだが・・・。
とその時だった。
怒声ともつかない大音量が響いたのは。
「グレイシアを口説いていいのは俺だけだ!」
感じる熱い視線、
直に受ければ恐らく貫通しダメージは計り知れないものとなるだろう。
一瞬背中が冷たくなった。
「私が無理を言って相手になってもらっていたの。お世辞を本気に取るなんておとなげないわ、あなた。」
凛とした声が通り、ハボックに助け船がだされる。
声の主は男の妻。
「冗談だよ、ハボック。でもいい女だろ?グレイシアは!」
戻された言葉はいつもの調子の中佐のもの、こうしてようやく
さっきの怒声は彼なりの惚気の演出だと気付かされた。
「あなた、司会は?」
「お前といちゃつけないならもう終だ。」
「そんなこといっても・・・」
「心配するなって。暫くは勝手に曲が流れるフィーバータイムだからな。進行役がいなくたって平気さ、今はな。」
・・・行くか。
二人を見て自然にそう判断する。
邪魔しちゃ悪い。
結局はぐれて元のカウンターに戻るはめになったハボックは、
女を捕まえる気も失せ一人黄昏れることになる。