軍部パーティ③ハボックの場合

「中佐といい少佐といい・・・嫁さん欲しいな。」
一人呟く。
ああやって二人で毎日を過ごすのも悪くなさそうだなと実感してしまった
「うむ、一人も悪くないが、妻はいたほうにこしたことはないな。」
隣の御仁が話しに加わる。
「たまに喧嘩もするがそれも一つの習慣。それから束縛されたくないというのはもっともだがね、
愛する人に束縛されるのはこれまた意外に楽しいものだよ。」
「でしょうね。なんかおやっさん話わかりますね。」
「いや、あくまで一つの例であってだね、現実はまたそうもいかんのだよ、ハボック少尉。」
「あれ・・・なんで俺の名前を・・・」
短髪オールバックにアロハシャツとラフな恰好、年の頃は60近く。
それだけでは気前の良いおっさんだったりもするが、よくよくみれば眼帯が左目を覆い・・・。
「40年近く連れ添ってみれば、また違った心境になる。だが本質の部分は若い夫 婦にはまけんよ。」
初老の男はウォッカを口に流し込むともう一杯くれんかねとマスターに注文をいれている。
唖然とするハボックにまるで感づいていないのか、「彼の分も頼む」と断りをいれ、
ようやくハボックに向き直りをいれた。

「大総統閣下!」
とんでもない相手に軽口を叩いていたとは。
ようやく彼がこの国の最高権力者キング・ブラッドレイ大総統であることに気付くハボックを、
怪訝そうに見つめる且の御仁。
「あぁ、そんなにさわがんでよろしい。静かに飲みたいんでね、こんな時まで部下に追い回されたくない。」
わざとかの有名な詩吟のように目の間に皺を寄せてみせる。
「はっ、はぁ。」
「遠慮せんでいい、そのまま講釈を聞かせてくれんか?」

-とんでもない人と話すはめになっちまった!
自分のぼけぶりを痛感するハボックだが、それを周りは天然だと認識していることには気付いていない。
なによりそれが彼の憎めない性格を作っているのだという事実は彼の強みでもあるのだが。

「・・・結婚には憧れるっすけど、現実問題相手いないとまず無理じゃないっす か。」
「確かにそうだが、お見合いという手もある。」
「お見合いだけは勘弁してください。」
「ん。なにか嫌な思い出でもあったかね?」
「いや、ずばり価値観変えられました。」
「まぁいい経験だったと思えばいい。」
「・・・ですね。」
酒を酌み交わし、大総統に釣られる用にして飲むペースが上がっていくハボック。
すっかり出来上がりつつあるのか、態度がなし崩しで崩れていった。

「オレ、こうみえてもそれなりにはもてるとおもうんですよ。大佐とは女の趣味違いますし。
だけどいつも女からふられるんすよ、俺が駄目だって・・・。
大佐 は両立しろって簡単にいいますけど、あんたのせいでろくにデートもできないっちゅーのって。」
「ふむ。」
「でもですよ、確かに仕事忙しくたってうまく宥められない俺もやっぱ駄目なのかなって反省してるんすよ、マジで。
大佐はそういうのが上手いからもてるんでしょうね。俺なんかたった一人のカノジョもキープできないし・・・」
自己嫌悪が強くアルコールで作用しているらしい。
かろうじて泣く手前で止まっているものの、下手に慰めれば大泣きするのではないだろうか?
大よそ彼の二倍は人生経験をもつ大総統は、慎重に、だがすらすらと彼に言葉を掛けた。
勿論、立ち直らせるようとりわけその場にふさわしい台詞を選んで。
「人それぞれだよ。
マスタングくんのせいではなく自分に問題が有ると気付いただけでも君はまた一つ成長できた。
それにだね、女というものはそもそもたった 一人でも心を繋止めて置くことは困難な生き物なのだよ?
たかが一人ではなくされど一人、マスタングくんはもてるようだがね、
未だ一人の女を完全なものにしてはいない。彼もまだまだということだよ。」
「・・・さすが年取ると悟ってますね。正直感動して目が覚めました!今の言葉上司にきかせてやりたいっす。」
「いや、一般論をいっただけだが。」
「あ、ところで質問していいっすか?」

酔っ払いとの会話はブツ切れになったり話しが飛んだりと世話しない。
飽きずにかいがいしく耳を傾ける閣下は、一見世話焼きにも勝るが、
ただ単に暇だったからなのだとは会場中の誰もが思うまい。
当の本人もそれを口にだしたりはしないが。

「そういや大総統閣下はなんで結婚したんすか?知りたいっす。参考にしますから。」
「むっ、聞きたいのかね?」
「ついでに新婚生活はやっぱ裸エプロンっすか?」
「いや普通だよ。ただ早い結婚だったからね、なかなか最初は苦労したな、うん 」
「新婚・・・新妻・・・そそられますね。やっぱ毎夜”いただける”んですか? 」
話が猥談に流れていくのは酔った男の宿命なのか?
尋ねられた本人は相変わらず読めない顔付きをしている。
「君も結婚してから充分楽しみたまえとしかいえんな。うん。」
「まじっすか!ついでに今はどうなんですか?」
「なんと答えれば君は満足かね?現役だとでもいえば?」
「あ、そういえばヒューズ中佐もそうでしたけど、
若い内に結婚ってことはやっぱ・・・女は初物だったりするんすか?」
「・・・君はどうやら酔っているようだね。」
「結婚相手が処女というのは男のロマンであります!」

はぁ、辛抱強く戯言に付き合っていたブラッドレイだったが、
流石に会話の行方がとんだ向きへ転がったことにようやく歯止めをかけることを決意する。
このままでは一晩中「絡まれてしまう」 。
そう踏むと、どこか他人行儀な、それでいて妙に歯がゆい顔をして豪く神妙に口を開いた。

「知り合いになかなか美人だがしたたかな女がいてね、その分純粋な女が新鮮だったのだよ。
まぁ出会いはあまりいいものではなかったが・・・。気がつけば私のほうがその子にすっかり熱を上げてしまっていてね。
ある日その子が別の男と話しているのを見て、おかしなことに翌日私はプロポーズしていたのさ。」

―40年近く前のくだらない話を、こんなろくでもない酔っ払いの前ではなしてしまう。
やはり歳なのかもしれないな、そうブラッドレイは思った。
無機質なラースの隠れ蓑である”ブラッドレイ”という役柄を演じる人生、
だがそれによりこうやって人間という陽を浴びられることはなかなかに刺激を得ることが出来、
彼なりに今やそれを楽しんでいるという事実は紛れもない。

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