「奥さんについてのろけるのもいいけど、たまには私についても熱く語ってほしいわ、”閣下”」
気がつけばすっかり熟睡しきっているハボックの替わりにそう返事を返した黒ずくめの女は、
ブラッドレイと同じように強い酒を一口含むとなまめかしい笑みを零した。
いつの間に現れたかは知らない。
だがまるで長い間話し込んでいるような調子で、”ブラッドレイ”は違和感なく彼女に囁いてみせた。
「ふむ、そうだね。ならば口説いてみようか。
毒々しくも冷酷で残忍、ややどぎつい衣と化粧・・・そうやって男を欺く女はそうそういない。
”身内”でなければ確実に惚れている所だ。うむ、今宵は”君” に酔ってしまうのも悪くはないね。」
かすかに目尻を吊り上げ、目の色が部下へのものからまた別の色を孕んだものへと変わったことを誰が気付こうか?
「しらじらしい台詞。真顔で嘘をつけるのは素晴らしいけれど、
私とは正反対の女と結婚しておいてそれではまるで説得力がないわ、キング。」
「相反する物は紙一重であるという言葉をしらんかね?すべては君を愛するが故に、そうなっただけの話だ。」
そうさらりといって見せた男に、クスッと女は笑ってみせた。
「あなたこそそうやって女を騙して、素敵よ。
ただあなたの質の悪さは女だけじゃなくて男も平気で騙せるところかしら。 あなたこそ冷酷で残忍だわ。」
「これは心外だね。騙してはいないさ。ただ”利用”しているだけ。これは大分違いがある。」
「・・・ほんと、育て方が良かったのかしら?あなたって最高よ。一晩位なら抱かれてもかまわないわ。」
「一晩とはいわず毎晩でも付き合いたいね。君のような女性とならば。」
見つめ合う。
愛人同士のような、一つ間違えば堕落した空気の流れ。
しかしそれを断ったのは男のほうだった。
「うむ、しかし今夜は迎えがくるのでな、どうやら君とゆっくり過ごせんようだ。」
「あら残念。」
「こんなおじさんでよければまた誘ってくれたまえ。」
「じゃあ明日は?」
「・・・これはこれは随分と気が早いな。」
「あなたの気が変わらない内にと思ってね。」
「うむ、考えておこう。」
―とぼけた振りをして
女はそう思う。
そんな気は端からさらさらないくせに。
そうやってどんな女にも振り向かないアンタを”もったいない”と、「色欲」だから感じるのかしら?
「気を使わなくていいわ。どうせなら潔く振ってくれたほうがましよ、”閣下”。
こういう時、女は曖昧にやさしくされるよりも冷たい言葉を突き付けられた方が踏ん切りがつくものよ。」
「それは教えてもらったことがなかったな、うん。」
「あなたはもっといい男になれるはず、ラース。これは”姉”としての助言。」
”大総統”は静かに頬杖をつき、立ち上がった女を見送る。
「忠告は嬉しいがね、あんたと違って私はもう”老人”だ。今更いい男にはなれんよ。」
そして、付け加える。
「まして貴方を抱くなんてね」
―いやねぇ、冗談よ。ただアンタみたいに食えない”弟”は大好きよ。
背を向け後ろの男に見えるよう肩越から手をひらひらさせると、きまぐれな彼の”姉”はこの場から去って行った。
もしかしたら別の男をひっかけていくのかもしれないが。
「愛している、か...」
男は呟く。
女とは滅多に話すことなどない。
若い頃はだいぶ手をかけてくれたものだが、成長するうちにこっちをみなくなった。
所詮そんなものだ。
そして私は世界に馴染む為に、やりやすい女と結婚した。
それが偶然、あんたと性格が逆だっただけの事。
偶然な。
「愛しているよ」
迎えに来た妻を前にそういってみせる。
「冗談はよしてください。」
突然の言葉に驚く女。
「なに、最近言った事がなかったからね。それとも嫌かい?」
「そんなことはないですけれど・・・」
困った表情を浮かべながら、それでもほんのり顔を赤らめている様子をみて、思う。
ほら、こうして演じられているじゃないかと。
だがそれっきり、言葉がでなくなってしまった。
「おかしいな・・・」
いつもならばそらんじていえるような文句が出てこない。
それどころか妻に”顔も向けられない”
「あなた?」
横に並んで歩いていた夫はぼんやりしていたのか、いつのまに一歩前を足早に歩いている。
普段ならば歩調を合わせてくれるのに。
「あぁ、すまん。考え事をしておってな。」
苦笑する。
これでは”姉”が”嫉妬”するのも当然ではないかと。
・・・歳月のせいか、それともまた別の要因か?
どちらにせよ今の私は「人間らしい」のかもしれない。