PEAR

「ラース…」
どういった顔で迎えればいいのか正に迷っていたラストは立ちすくんだまま彼を迎えた。
国境付近の小競り合いに派遣されたった今一ヶ月ぶりに帰っていた末弟を。
無事であるのはなによりだがこうして振り返ると、この一ヶ月近く戦地より流れるかの噂には気を揉んだものだと思い返さずにはいられない。
なにせ圧倒的な動体視力の元機敏に動くその肉体は若さ故の力強さと共に恐れを知らない無謀さすらも内抱していたのだから。
たかが数人を相手にした所で怪我一つ負わずに始末出来る強さは認めるが、それにしても相手の一部隊が駐留する駐屯地へ単独で乗り込んだと軍営放送で聞いた時には流石に無茶な事をと額を抑えずにはいられなかった。
再生力の無い生身の体で乗り込むだなんてまさかの事態を想像するなというほうが難しい。

…確かにそれは運よく成功したけれども、自分が下手したら死ぬかもしれないとは思わなかったのかしら?

「結果だけを見ればよくやったと褒めるべきなんでしょうけれど…後先を考えない無茶な行動をもう少し控えて欲しいのよ」
目をつぶり右手を左の肘に添えると彼女は溜息をついた。
大人しい子だったはずなのに一つ世間に出せば時に踏み外してこっちを心配させる。早く出世しろという言葉は口煩くならない程度に留めたはずなのに何をどうとったのか戦場での彼の派手なアクションは納まらなくなっていた。恐らく彼なりに今自分の力を試したいという心理が働いているのであろうが、力はあくまでお父様の為にだけ使えばよい。お父様という名義の下自身を試す為に子供地味た無茶を重ねるのは、成長という特殊形態を持つが故の”人間的愚かさ” なのかしらとしばし想う回数も増えた。
親の心子知らず、振り向いて彼女の眼差しを受け入れた彼は相変わらず眉一つ歪めず「気をつける」とだけ答えた。無表情の裏側には余計なお世話だと言わんばかりの憤慨と気にしすぎだという”兄弟達”への一蹴が微かに含まれているような気がしたのは果たして穿った見立てなのか?『きっと深読みしすぎね』と色欲は自嘲にも似た微笑みを浮かべた。

―そんなこっちの心労はなんのそのあなたはきっと勇敢という名の無茶を積み重ねていくのでしょうね。もういくばくか年を取れば冷静になってくれて?

そうしてそれっきり会話は停まってしまったが、今後を思えばグラトニーを付けさせようと彼女は判断せざるを得なかった。以前も手違いの始末に二人を一緒に組ませていたが軍務についてからは出世という仕事の都合上彼の単独行動はまるで放任状態だったからだ。監視と仕事の万全さを追求する為に、本人には死体という証拠を消す為だとでも言い含めておけば何も言わないであろうし。

…こうして暴食と憤怒という二人の奇妙な組合せは姉の意向により成立することとなる。
意外にも上手く仕事を果たすコンビになるとは当の色欲ですら予定だにしなかったというのは又後の話。

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