1.
ふえっくしょん。
目覚めとともにくしゃみ。
なんとも…タダならぬイヤな予感がする。
12月に入ってから悪天候が続いていたが、この日は久しぶりの快晴だった。
…まあ、晴れていようが曇っていようが俺には関係ない。
ベジータはまだ半分とまったままの思考を動かす努力を
しつつ、シャワールームへと入っていった。
髪の毛から滴る水滴もお構いなしで、朝食をとる為にダイニングに移動した。
…なんだかおかしい。
そう思ったのは、何時もこの時間なら元気にリビングを走り回っているはずの
トランクスの姿が見当たらないからだ。
まあ、いいか。
さすがに死線を何度も乗り越えてきた非凡な男は、
ちょっとやそっとのことじゃ動揺しない。
しかし。
修羅場は慣れっこでも、
この食卓の光景には絶対に慣れたくないな、と思う。
どういう訳か、食卓は見事に横転し、
更にその上に並べられていたであろう皿たちはきれいにひっくり返り、
床一面には、本来ならベジータの胃袋に収まるはずであった料理たちが
ものの見事に散乱していた。
今日はなんだかいつもと様子が違うようだ。
しばらく黙ってその惨状をを眺めていたが、
余計腹が減るだけだ、という事に気がつき、
仕方なくその場を後にする事にした。
その時だった。
ピンポーン。
呼び鈴が鳴った。
普段なら絶対に気に求めない音だったが、
ひどく単純な雑学として、それが客の来訪を示すものだという事は、なんとなく念頭にあった。
だが、ベジータはそれを無視し、
リビングにあった子供用のお菓子缶をつかむと、
中に入っていたクッキーをバリバリと食べた。
しかしこんな甘ったるいもんで、彼のブラックホールのような胃が満たされるわけもなく、逆に空腹が増したような気さえする。
…まったく、あの女はどこに行きやがったんだ?
恨みがましく心の中で姿の見えない妻をののしっていた時、
もう一度呼び鈴が鳴る。しかも今度は雨あられのように。
「…ぶっ殺してやる…」
タダでさえ朝食抜きという腹立たしい窮地に直面していると言うのに。
ベジータは苛立ちのため額に血管を浮き出させつつ、
玄関口の自動ドアのロックを外した。
「こんにちは。ご主人様でいらっしゃいますか?」
ドアの前に立っていたのは、いかにも弱々しそうな表情をした男だった。
年は多分30代半ば前後だろう。今時珍しい分厚いフレームの黒めがね。
テカテカになで上げられた髪がなんとなく胡散臭い。
そして、まるではりがねハンガーのような情けないなで肩からは、
これまたいかにも安物っぽい郵便マーク入りのショルダーバックを下げていた。
つまり、男はここまで分析するに値しないただの郵便配達員のようだった。
「帰れ、やかましいんだよ」
「それは申し訳ありませんでした。お休み中でしたか?」
「さっさと要件をいえ。」
「実は郵便をお届けにあがりました。」
「そんなもん、ポストに入れておけば良いだろう」
「いえ、この家のご主人さまに直接お渡ししろとの希望がありまして。こちらに受け取りのサインをお願いします。」
…サインだと?
ベジータは少し固まったあと、なれない手つきでペンを取ると
自分の名前を惑星ベジータ語で記入した。
ちょっとした嫌がらせのつもりで。
「カエル…」
「…なに?」
「いえ、変わったサインだなあと思いまして。辺境のご出身で?」
ベジータは有無をいわさずデコピンでその男を30M先にある向かいのビルに吹き飛ばすと、
荒荒しげに自動ドアのロックをオンにした。
ふと男に渡された封筒を見る。
差出人の名前も、宛名も書いていない、真白な封筒。
何故俺あてに郵便がくるのだろう。
ベジータは極基本的な疑問を頭の中に巡らせた。
しかしそれも無理はない。
地球に来てから数年立ったにもかかわらず、
手紙をもらったのはこれが初めてなのだ。
本人が他人と交流しようという意志もなければ、
ベジータと手紙という文化的な方法でやり取りを行おうとする知りあいなど皆無なのだから。
しかし、そんな無愛想な男でさえ、
やはり初めて自分あてに届いた手紙に興味をもたずにはいられなかった。
彼はその無骨な手でゆっくりと封筒を引き裂いた。
中から現れたのは、封筒と同じように真白な
1枚のカードだった。
そこには小さい字で何行かの文字が書かれていた。
眉間に皺を寄せつつ、一行目に目をやると…。
“貴方の奥様は与っております。”
初めての手紙、
冒頭の1行からこれかよ…。
面倒な因縁を押しつけられる境遇に生まれた運命を少しだけ呪いたくなったが、とりあえず先を読んでみる。
“無事に帰して欲しくば、
これから指定する場所に行って指示に従ってください。”
しかし、書いてあることは物騒なのだが、この鼻につく丁寧口調はなんだろう。まあ、とりあえずそれも置いておく事にしよう。
“なお、気を探る能力を使って一気に奥様の身柄をとり返そうとしても無駄です。
また、貴方の行動は逐一監視されていますので、
妙な行動はおこさず、またこの事もくれぐれも他言にされないようお気をつけ下さい。
それが守れない場合は、奥様の命は補償できません。
では、こちらで無事お会い出来ることを楽しみにしております。
Mr’X”
…あァ?
ベジータはそのカードをジッと見つめながら、
頭を掻いた。
つまり、ブルマが誘拐されて、俺に迎えに行けって事だろうか?
これで朝食が滅茶苦茶になっていた理由もハッキリした。
こんなくだらないことで食事が抜きになったと思うと腹立たしい。
気になるのは。
普通誘拐とかいったら、人質と引き換えに何かが欲しい場合、ナドに行うのではないだろうか?
しかし、ここには身代金などの要求は書いていない。
たぶんそれに当たるのが、俺がここに書かれている場所にいき、指示に従うという事なのだろう。それにしても妙だ。
次に気になるのは、この手紙の主が、
ベジータに気を探る能力があることを知っているという事だ。
つまり、ベジータが並みの人間じゃない事も知っているだろうし、
居場所が知れた途端に八つ裂きになる運命にあることも想像できるはずだ。
それを理解していてこんな事をしているとしたら、
犯人は相当の大馬鹿者か、
力自慢なのだろう。
「随分、きなくせぇ話じゃねえか。」
それにしても、トランクスはどこに行ったのだろう。
トランクスがいたなら、ブルマを連れ去られるなどという事態にはならなかったはずだ。
しかし、彼も居ないということは、一緒に連れ去られたのだろうか。
いや、違う。
そうだとしたらカードには2人を誘拐したと書いてくるはず。
もしかしたら彼はブルマをおっていったのかもしれない。
試しにベジータはブルマの気と共にトランクスの気を探ってみた。
しかし、妙な事に、ブルマはおろか、トランクスの気はこの地球上のどこにも感じられない。
…まさか死んでるんじゃないだろうな…?
しかし、ブルマは生きていると手紙には書いてあるし、
気を探っても無駄だという意味がこれなのかもしれない。
犯人は何かしらの方法で、
気を探れないようにしているのだ。
…随分手の込んだ事をしてくれたもんだぜ…。
ベジータはちっと舌打ちしたが、
その顔はとても迷惑そうには見えない。
むしろ楽しそうだ。
「…まあいい、ちょうど退屈していたところだ。付き合ってやろうじゃねえか。」
不敵な笑みを浮かべたベジータは早速部屋に戻り、
コートを着込んだ。
NEXT?・・・YES