「新婚ならお盛んだね。」
ニヤニヤしながらエンウィーに言われた言葉が頭から消えない。今にして思うが、色恋ざたに疎かった以前の自分を恨む。
「まさかまだ抱いて無いなんて事はないよね?なんなら手取り足取りそばでやり方を指導してあげるけど。」
わざとらしく腰を屈め斜視で見上げてみせる嫉妬。
下卑た話に喜んで食い付き、それを餌にジリジリとなぶる様は必ずしも人間相手だけとは限らないようだと今更気付く。
しかしどう反論してよいかもわからず、ましてその手の単語を口に出すのも憚られ、ただただ口をつぐみ、黙って無視を決め込むよりよい受け流しの手立ては無かった。
「あの女、ラストほどじゃないけどいい身体してるよね」
「気も強いみたいだし、尻好きなラースだったらいっそ尻にぶち込んでヒーヒー言わせたらいいんじゃない!」
「そうそう、そういえばなかなか良家の娘だってね。狙っている奴多かったみたいだし、折角だからラースだけじゃなくって、そいつら皆で可愛がってあげるってのはどう?」
…相手はエンウィーだ。まともに相手をした所で付け上がらせるだけだ。そう言い聞かせて、視界をフェードアウトさせた。
ガタッとドアを締める音がすると、妻がベッドに腰掛けた。長く束ねた髪をほどき、そっとこちらをむく。
「あらあなた、まだ起きてらしたの?」
「ああ、今度行く南部の様子がどんなものか軽く目を通しておきたくてね。」
手元から視線を外し妻を見る。しばし二人の会話を続ける。
「南部は暖かくて湖もあるそうね。写真でしか見た事がないから、一度見てみたいわ。」
「湖で美味し魚も取れるそうだ。淡水魚だからさっぱりしてワインが合うんではないかな。」
「あなた、あんまり美味しい話をしないでくださいな。されると本当に行きたくなってしまうわ。」
「じゃあ一緒に行くか?」
「冗談が過ぎます!貴方の迷惑になるじゃないですか。」
夜の帳は落ち着く。『他愛もないありふれた会話』は少し楽しい。
暫くそんなやり取りをしていたが、不意に声のトーンが落ち、心配そうな表情でぽつんと妻がこんな言葉を口にした。
「それにしてもあなた、仕事に熱心なのは良いけれど、あまり遅くならないように寝てくださいね。」
「…ああ、そうするよ。」
素直に返した私の返事で妻はようやく布団をめくり、隣に身をスルリと潜り込ませた。それを確認すると、側のランプを手元へ引き寄せ、妻が眩しくないようにと灯を落とした。
再び本に目を落とす。字を追いながら、やがて聞こえるであろう隣の寝息で区切りを付け寝ようと考える。数ページ読み進め、両面一杯に観光地図が現れた所で、先程の会話を思い出した。そしてそういえば、落ち着いた呼吸音が耳をくすぐらない事にも気付く。
目は本に向けたまま意識だけ隣りへむけると、どうやら妻はまだ目をつぶらずに、眠気が訪れるまでぼんやりこちらを見つめているようだった。ブロンドの髪が僅かな光でも鮮やかさを失わずにシーツへこぼれているであろうことは、見ずとも分かった。
沈黙と視線。触れ合わせるのがどこか戸惑われて、本を読むのに集中しようと無駄な努力などをしてしまう。
「…ねえあなた」
自分が起きていると気付かれたせいか、妻から口を開いた。眠りへいざなうような彼女なりの暗示の会話は、意味などない。暗闇に解けていきそうな位に曖昧で、それゆえに耳触りよくすっと入っていく。妻と夫の間だからこそ、囁かれる台詞。
「なんだ?」
「その、まだ言っていなかったから…おやすみなさい。」
やや上目使いの物寂しげな表情に、奇妙なほど無意識に腕が伸びていた。ほほをゆっくりとなぞり、唇に指が触れ、閉じられるべき瞳を追う。
「おやすみ。」
あやすように答えて、そのまま静かに口ずける。“おやすみのキス”とやらに名残惜しさすら感じるのは何故か?
忘れようと顔を放そうとしたものの、それは妻によって妨げられてしまった。
妻からキスをされたのだ。ふい打たれて、そのまま倒れ込む。
女特有の甘い匂いがした。
―およめさんて美味しい?
―味わう方の気持ち次第ね。でもきっとあの子にとっては極上の味でしょう。
やめようと思うのに、一度視線が絡み合ってしまえば逃れ様がなかった。
意思と感情が一致しない。寝ようと声をあげたくてもその一言すら出る気配がない。
「まだ眠くならなくて…」
以前の私なら、分からなかったであろう言葉に、
どう返せば頬をはたかれないか、今の私は学んだ。
「奇遇だ。私もだよ。」と…
それが合図になった。
迷わずこちらから唇を求めた。今度は軽いモノではなく、明らかに深く侵入させていく類のモノだ。口内で舌を絡ませ抉るように吸いあげる。妻も舌を伸ばして答えた。
控えるべきだと思っていたのに、身体が動く。昔はこんな情動など知らなかったはずなのに、今はすっかり身を任せるようになっている。どうしてかの答えを出すことよりも、行為へと専念するほうが早かった。
「んっ!」
唇を離して耳元から首筋に掛けて産毛の柔らかさを確認するように舌先を這わせる。自分とは違う色の髪に触れ、指の間で梳いた。黒と赤に囲まれた住人とは何 もかも違う明るい色を宿した肌、惹かれるようにその瞳と唇に再度触れる。思わず小さな悲鳴をあげた事を確認すると、顔を首筋に寄せたまま妻のネグリジェの ボタンに手をかけた。
片手で首もとからみぞおち、更に下へ外してゆく。外しながらあらわになる肌へ手の平をいれて、鼓動の高まった胸を確認する。羞恥から顔を背けようとする妻に、嗜虐心が沸いた。
「きれいだよ。」
囁いて、襟口を割り開きながら柔らかさを堪能する。ようやく二つの双房が姿を表した時は、迷わずにその質感を感じるべく口と手で覆い被さっていた。
弾力があり、指の間からはち切れんばかりに零れる胸は飽きを忘れる。外気に晒され立ち上がった頂は小さな果実のようで、壊れぬよう摘みたくなる。掌で持ち 上げ、押しつけ、こねるように形を変えて弄ぶ。軽く絞るようにして突出させた丘陵の先端を舐め、甘噛みして胸で戯れるのは夫だけの特権。時には指の腹で擦 り、吐息を乱す様を堪能する。
やがてゆるゆると片手を腹腰に這わせ、思い切って腿の間に分け入ると、排除するようにそこは閉じられた。しかしそれが本意ではなく恥かしさから来ていると分かっているから、再び耳元へ顔を寄せ「力を抜いて」と囁いた。
そうしてやや緩くなった臀部の隙間に掌を差し込むと、下着の上から割れ目をなぞる。これから繋がる場所が痛みを伴わないようにとの確認作業だが杞憂に終った。下着の布地が湿り気を帯びていたからだ。
このまま上から刺激してもよかったが、以前散々布越しの感触を楽しんだ翌朝にむくれた顔で怒られた事を思い出し、自粛した。
脱がそうと下着にてをかけると、妻は自分で脱ぎますと自ら最後の一枚を身から離した。本人は隠しているつもりだったようだが、脱ぐ瞬間糸を引いたのを見逃さなかった。
「私ばっかり恥ずかしい…あなたもその、脱いでください…」
身体を隠す一切が取り払われて心細いのか、片言ながらもこちらを促す。確かにそうだなとようやく妻から視線を外して、シャッツに手を掛け脱ぎさる。ベルトを緩めながらそれが既に硬くなっている事実を目の当たりにし、男なのだと認識した。
―最近ラースの奴、夜に顔を見せなくなったね。
―良いじゃない。夜な夜な夫が外へ出て行くなんて怪しまれるわ。あの子は『人間』なのよ。
―『人間』ね…。本当はケモノだったりして。
―あなたと一緒にしてはあの子が可哀相。
こんな時、この眼を持って良かったと思う。僅かな表情の変化を読み取って、どうすれば感じるかつぶさに分かるからだ。この一ヵ月でどこが弱いかほぼ把握した。お互い初めてだったはずなのに、回数を重ねる毎に妻は腕の中で喘ぐようになっていた。
人差し指と中指で十分過ぎる程潤滑液を掻き出し、尚も止まらない分は舐め取る。あまり指遊びに興じる必要もない位、今日の妻は興奮しているようだ。
「お願いですから…」
「あなたのを、ください…」
哀願する妻を見て焦らしたくもなったが、その可憐さを蹂躙したい欲望の方が勝った。
足を大きく開かせ、膝を抱える。両足でやや浮いた腰を挟み、ゆっくりと体重を掛けた。
「あっ…」
ややこわ張った四肢と羞恥を隠そうと腕で顔を覆う妻。見下ろしながら白い臀部の谷間を割って奥深く繋がった。
中は温かく、滑る。痛いほど張り詰めて硬くなったそれをしっかり包んで、離さない。奥まで繋がった事で弛緩取り戻したのを見計らい、湿った音を立ててゆっくりと律動を開始した。
ギリギリまで抜いては奥まで突く。程々の速さで、時に繁みの間を溢れた蜜で撫で付けながら揺さぶる。晒され
た秘部は妻の態度とは裏腹にだらしなく濡れて、自分という存在を受け入れているのだという興奮が益々充血を煽った。
「凄く濡れてる。」
事実を口に出す。普段ならばビンタでは済まないだろうが、事に及んでいる場面ではしおらしくなる。何よりそうすると締め付けが増す事を経験で知った。開い た草の繁みと花弁はたっぷりと蜜を孕み、粘膜同士はぜる音を醸す。ほぼ理性は吹っ飛んでいたが、たった一回では己が満足出来ない事もまた理解していたか ら、まずは妻を先に導いて置こうと判断した。
出口の手前を浅く、呼吸が激しくなったならば奥を抉るように擦り付ける。いかがわしい水音が粘度の強いものに変わり、肌と肌のぶつかりあいも叩くような音色を奏でた。
胸がつんと突き出され、こちらの動きと連動するように揺れる。抱えた腰も悶えるように押しつけられ、背中はやがて酷く弓なりにしなった。
―はあっ…んっ!!
苦悶に似た絶頂の表情と共に、女特有の器官が凝縮された。
「イッたか?」
腕を掴み、顔をのぞいて上気しているのを確認すると、そのまま組み敷いて強く腰を打ち付けた。
「じゃあ今度は…私を満足させてくれ。」
「あ、なたっ…まっ…!」
制止を振り切り、動きたいように動く。達したばかりの身体をがんじがらめにして、最後の一線が切れた。
絶頂を迎えたばかりのせいか、柔らかな粘膜が分身を強く締め上げる。その上また刺激を受けたものだから、締め付けの波はすぐ短かくなった。
上手く掛かる深い部分で集中的に扱く。より刺激を求めるべく、腰を抱えこんで繋がった部分同士でより激しく音を立て続けた。
湿った独特の体液の臭い。血でもなく、汗とも違う、媚惑に満ちたベッドの上の世界で、やがて果てがみえた。
…っ!
繋がったその先から、脳にかけて走る強烈な痺れと、快感が迸る。
その瞬間、妻の腕が救いを求めるように暗闇で私の頭を掻き抱いた。
…眼帯が緩む。
月が雲へ隠れた隙に、周囲の色に紛れてそれはらりと落ちた。
気付かれてはいない。妻の首筋に唇を押しつけ、吸い上げる。滅多に開かない刻印の目で惜しむように裸体を焼き付ける。
疼く灼熱が本性をむき出しにしそうになる前に、
瞼で塞いで、眼帯で覆ってしまわなければ、
きっと一晩で収まりはつかない…。
落ちた眼帯に手を伸ばしながら、再び固立を始めた己を確認した。
悟ったのは、アレと身体を合わせるのは気持ちがいいという『人間』ならば当たり前の事実。どうにもならない自分の醜態を笑いながら、しかしそれよりも強い情動と感情に再び素直に身を委ねた。
「エンヴィー」
気が付くと側には色欲が立っていた。ため息をつき嗜めようとラストが口を開くその前に、自然と言葉がついて出た。
「―ああ、毎晩アレを堪能しているよ。」と。
「あっ?」
まさかのこちらの返答にエンウィーは素頓狂な呻きをあげた。生まれて20年ほどしか経っていない小童端が口を開くとは思わなかったらしい。今の今までは確かにそうだったが、―そんなに知りたいのなら、教えてやればよいだけの話じゃないのか?
ラストが訝しげにこちらを振り返るが、そのまま続けた。
「最近はなかなか離してくれなくなった。感度も良い。」
「自分から動く事も覚えたようで、アレが催促する姿はそそられる。」
…寝室での行為を口にする。
『夫婦』なら当たり前の行為に過ぎない。からかわれ馬鹿にされる程のものなのか。
「色々教えてくれて、感謝しているよ嫉妬。感謝を込めて私に成り代わりお前にも少し位味合わせてやりたい所だが…」
口角が歪む。先程の嫉妬のように、心底おかしくてしょうがない。そんなに上手く楽しんでいる私が、“妬ましい”のか?
「その体でアレを潰されてしまっては適わないからな。残念だが遠慮願うね。」
直後に怒気が膨んだ。
―クソが何言ってやがる!
その顔を見る限り、図星だったか。
あの本来の姿では恐らくそうだと踏んだが、まさか的を得てしまったとは思わなかったよ『嫉妬』
一触即発の場面を平定したのは言わずもがなラストだった。
「止めなさい、ラース。」
こちらの言葉を押し止め、嫉妬に「みすぼらしい真似は控えなさい、エンウィー」と叱責する女の声は、笑っていない。
「今度ばかりは分が悪いようね。大事な末弟を苛めるのはあまり良い趣味といえないわ。」
「そういえば今日は珍しくプライドも顔を見せるようでね。こんなに騒いでは彼の機嫌を損ねるわよ?」
女が長兄の名を出したことで、漸くエンウィーもしぶしぶ殺気を引き下げなければなけない羽目に陥る。そうしてやっと、どうにもラストはラースの方の肩を持 つから分が悪いと判断したらしい。チッと舌打ちすると、やーめたと間延びした声を掃き捨て席を外した。居た堪れなさをプライドのせいにしたつもりで。
「貴方も言えるようになったじゃない。」
すごすご退散するエンウィーの後ろ姿を見つめながらこっちに声を掛ける。
「当然の事を話しただけだ。」
それを受けて、そうねと相槌を打つ。あの子はどうも貴方に対しては態度を改めないから考え物だわと姉としての杞憂を吐き出しつつ、顎に指を当て不意に声音を変えた。
「ただ一つ、言い忘れていたことがあるわ。」
どきりとする。
こういう時のラストは、妖艶だ。
「毎晩愛でるのも良いけれど、彼女、少しくまが出来てるわよ。寝不足は肌に悪いわ。たまには寝かせてあげなさい。」
ラストには敵わない。全部お見通しらしい。
顔が熱くなり、顔を背けた。その所作にラストは微笑みを浮かべたまま。
「…分かっている。なるべく、自重する。」
「そう。ならいいわ。」
目をほそめうなずくと、ラストはまた歩き出す。
その後姿を見やりながら、まだまだ女心に頭を悩ませねばならないなという予感と、姉兄の前ではもっと上手く『演じねばならない』という一つの結論を得て、再び地下の闇に体を潜ませた。