いつも通り集まって定例の報告会、その終盤に差し掛かった頃、ラースが告げた言葉にオレは驚いた。
ろくにしゃべらない奴だし、発言した所でなんの影響力もない人間もどきのくせに。
「結婚します」 たしかにアイツはそういった。
・・・まったく信じられるかっつーの!アイツは人間じゃないんだぜ?ギャグ言うには突飛過ぎる。
まして一応はオレの弟が、だ。いつもの無表情で結婚なんていわれてもピンとこない。
「おめでとう、キング」
いつのまにやら事情を知っているのかラストは微笑んで祝福なんかしてるけどさ、みんなしてオレを無視して勝手に話進めてない?
「おい、ラース」
呼ばれて立ち止まったものの振り向きもしない。
まぁ立ち止まったってことはコイツの場合話聞く態度取ってるってことになんだけどさ。
「結婚なんて聞いてねーぞ?」
まんまぶつけてやったら「話す必要がなかったから」って相変わらずそっけない答え。
毎度ながらコイツが一言発言するたびに俺の血管はぶち切れそう になる。
「必要あるとかないとかじゃないだろ?お前が勝手に動いて計画に支障でたらどうなるかわかってんだろ?それにお前、人間のふり死ぬまでできるわけ?」
少しムカついてアニキっぽく最後は特に力説してやったつもりなのに、まるで気にもかけていないって態度でけろりとこう言ってのけた。
「死ぬまで演技 を続けなくてすむかもしれない。”兄さん“たち次第で。」
…いわれればそうなんだけどさ、納得いかないんすけど。それになんか問題の論点ず らされてるぞ、オレ。
だいたいオレらがフォローするしないじゃなくて、お前が結婚自体しなきゃいいだろーが!
もうとにかくなんつーか…いくら人間っぽいとはいえ、本気で人間と馴れ合うなんて、ありえない。(なんてことはありえないと馬鹿はいったけど)
んな調子だからおばはんが声かけてきたのも気がつかなかった。
「ラースが気になるの?」
タイミングを合わせるように後ろから話しかけてきてさ。どうせオレには反応楽しみたいからってずっとだまってたんだろーがな、このおばはんは。
「別に。ただ驚いただけ」
「そう、ならいいわ。あの子が人間として生きること事態が計画の一つだし、そのために造られたのだから…。」
「ま、よーはオレらに話なかったからムカついただけ。」
「あら、妬いてるの?あの子に」
「は?妬くわけないでしょ?キモいこといわないでくれる、おばはん」
「そういう意味ではなくて、私たちとは“一見“無関係に生き始めてる事に対してよ。
なんだか子供が結婚するときはきっと人間てこんな気持ちになるんでしょうね。」
「 …正しくは子供とひいひいばーさんの間違いじゃないの?」
いくら相手がラストだからっていいまかされんの腹立つから厭味いってやったんだけど、ものともしない。
「あら?だからラースはアンタに何も話さなかったのよ。そうやって余計な事を挟むんじゃないかってね。」
「フン…」
「大体アンタに余計な事されたら確実に結婚はパーよ、いっとくけれど。貴方をデートに付いて行かせた時点で気が付いたと思うわ。」
「話したって邪魔しないさ、つーかそもそも結婚しなくたって問題ねーじゃんアイツ。わけわかんねー」
「地位を得る為にそれなりに権力のある者の娘と結婚するのは当然のこと、時間がないのだから取るべき手段を取っただけよ。お父様の意向もあるし、彼なりに考えているんでしょう。」
確かにすべておっしゃる通りだけど。まだすっきりしないけどさ。
「んで、式あげんのいつ?」
ぶっきらぼうにふてくされてるつもりはないけど、そう聞いたらおばはんはやれやれって感じでニヤケやがった。
「それがね、明日なのよ」
「はあ?!」
「かなり前に婚約の話は聞いていたし、あんたには内緒だったけど…それなりに一部の筋じゃ噂でもちきりよ」
そりゃしりませんでした。ボクっていつもセントラルにいるわけじゃないからさ~。
あほくさってジェスチャーしてみせたけど、心の中 では乗り遅れて悔しいってのが本音。
それから他愛のないこと話して切り上げる前に、おばはんまた「それから」って追加が。なによ?まだ文句言う気?と呆れて背を向けたら、
わざとらしくこう言いやがった。
「あの子は私たちの兄弟でもホムンクルスでもない、大尉キング・ブラットレイという人間。くれぐれも気をつけるのよ」 って念押すようにさ。
だからオレも突っ込んでやった。「当然だろーが!」ってさ。
そんくらい言われなくたって間違えないって!
最後に「勿論”ここ“では変わらずラースなのだけれど」と付け加えてくれたのは…余計な気遣いだったけど。
神像の前。
白いロングドレスとピンクの花がついたレースのブーケを被った女と白いシャツを引き立たせる洗練されたタキシードを着た隻眼の男。
神父が本の一節 を詠み目の前の二人に愛の誓いを求めると、男はブーケを開き、女は応じるがままキスを交わした。
絡む目線すら誰も二人の聖域を阻めはしまいと、静寂なこの空間に訴えるように。ただ淡々とした神父の声だけがこの場を絶対的なものに構築していく。
―汝、悩める時も健やかなる時も、共に喜び、苦しみを分かち、生きていく事を誓いますと
あいかわらずラストは無表情で最後尾に座 りあの二人を見つめている。
なにを思っているのかはオレにもわからない。
こんなラストをみる機会はなかなかないもんだけに、珍しく雰囲気に飲まれそうになってしまった。
ただ一つ思ったことは、本当にあいつはラースなのか?ということ。無機質な感情のかけらもみせないあいつの表情が、神妙でどことなく緊張 しているのが今日に限ってよくわかる。
相手の女が誰かなんてどうでもいいんだけど、アイツの一連の態度が釈然としない。姿だけそっくりさんの人間なんじゃないかって式が終わるまで幾度か疑った。
「アイツ、ラースだよね?」
「ええ、そうよ」
ラストは目をつぶり頷く。思わずこうして確認しちゃったけど、確かにあいつはあのラースだ。
この人間達の世界に微塵の違和感すら悟らせない完璧さで紛れ込んでいる、ホムンクルスのラース。
式 も終わり披露宴に移行し、晴れ渡った六月の空の下和やかにパーティーは開かれる。ちらほら軍のお偉いさん方も見受けるし、大総統からも祝辞が届いていたら しい。
いつの間にこんな大事になってんだ?たかが結婚でとも思ったけど、ラストが言う通りすべてラースの仕組んだままこの国が動き出してるってとこか。
そんな裏事情を知るのはオレ達だけなのに優越感に浸るどころか妙な居心地の悪さが気に食わない。仕事だっていわれりゃすぐにでもグラトニーのデブをけしかけて惚けた連中達をきれいさっぱり始末してやりたいくらいだ。
今ここで実際に行動に移るわきゃないけど。
あの恋人どうし特有の甘ったるい匂いを撒き散らし、世界中の幸せの絶頂にいますって表情で笑ってる弟。愛想振り撒いて席を回り馬鹿丁寧に挨拶しちゃって。
観察してると笑えてくる。
ただずっと 目で追ってるのも飽きたんでフルーツボールをつついて皿によそりぱくついていると、いつのまにやら目の前に当の本人が立っていた。
気が付いて先に声をかけ たのはおばはん。
「キング、結婚おめでとう。かわいらしいお嫁さんね。」
破壊力のある飛びきりの笑顔で祝福の言葉を贈るラストに思わず失笑しそうになったけど、脇腹に爪を突き付けられてどうにか必死で堪えた。暫く三人 で白々しい話をしたけど、あまりに馬鹿馬鹿しくていちいち何話したか覚えてない。とにかくおばはんにせっつかれて「キングおめでと」っていってやったのは辛うじて覚えてるけど。
喧騒の終り、花びら散る階段の下花嫁の手から放たれたブーケは一人の女の手元に納まる。
漆黒の髪、豊かな胸元、紅い瞳…興奮の最中ブーケを掲げ会釈する女を周囲が見届けると、やがて混雑の密度は薄れ、人は普段の生活の場へ戻っていく。
だがその流れから切り取られたように最後までこの場に残った女は、ようやく結婚式が終わったことに気付いたかのように祭壇へ一歩足を踏み出し、つい数刻まで新郎新婦が佇んでいた階段を見上げると徐にこう一人呟いた。
「最高の皮肉ね」と。
この女の本性にはまるで似つかわしくない純潔という名の可憐な花束を持って。
「・・・いこっか」
それを見届けて、僕はおばはんと歩き出す。行く先は勿論、ラースには無縁な裏の世界へ。
それが決められた道なら、もうとにかく進むしかない。あの愛想なしの弟ですら、決められた道を歩き始めているのだから。
『その花束どーすんの?』
『飾りましょうか?』
『…厭味ったらし~。グラトニーに食べさせたら?』
『それもいいけれど彼にあげるわ。プレゼントの花代浮くし』
『おばはん相変わらずサイテー』